第十話 地上の人

第十話 地上の人 ①-1

〈10〉


 朝日の下で見ると、基地は随分とひどい有様だった。

 明け方まで燃え続けた燃料庫は真っ黒な瓦礫になってしまったし、滑走路は耕運機を入れた畑だってもう少しマシだろうってくらいに平らなところを探すことが難しい。

 消火剤の粉っぽさとコンクリートの焼けた甘い臭いとが漂っている。幸い燃料庫の爆発は避けられたけれど、飛行機が飛べないって事実はかわらない。基地としては壊滅といっていい状況だ。

 死者は情報局の男が一人だけで、負傷者は兆弾や消火作業が原因だから重傷者は少ないようだ。

 アツジと僕が情報局の男にした二機編隊のアドバイスはムダになったわけだ。あれは結構有効な対抗手段になると思ったんだけど、情報局の彼が死んでしまったのなら上には伝わらないだろう。

 だからといってキヨミズに進言してまで二機編隊を組む気もなかった。彼女への説明が面倒くさいっていうのもあったけれど、なにより、あの日の奇襲で動揺した未熟なパイロットたちに実行できるとも思えなかったという理由のほうが大きい。ニケが言った通り、ある程度の腕を持つパイロットを揃えてこそ成り立つ編隊なんだ。

 惰性で格納庫まで歩いてきたら、アガヅマがいた。壁に凭れてぼんやりと滑走路を眺めている。煙草を咥えているのに、火はついていなかった。

「やあ」と挨拶をしつつ、僕も彼の隣の壁に背を預ける。胸ポケットから取り出した煙草を咥えて、火をつける。彼の煙草にも火を移そうかな、と思ったけど、やめておいた。

 格納庫の壁は仄温かかった。朝の太陽で温められたというより、昨夜の火事の熱が冷め切っていないのだろう。どの格納庫もシャッターは開いたままだ。

 僕らは根元だけになった燃料庫を見やる。整備士たちが地下へと続く穴蔵を覗き込んでは、吹き上がる熱気に逃げ帰ってくるのがうかがえた。階段が焼け落ちてしまったせいで、地下の状況を見に行くことすらできない様子だ。自動車のモーターを利用して簡易エレベーターを作ろうと四苦八苦している。

 アガヅマは参加しなくていいんだろうか? と思いながら僕は別のものに視線を投げた。

 駐機場や駐車場、果ては宿舎と格納庫の間の道にまで飛行機が並んでいる。大規模作戦でここまで出張してきた挙げ句、自分の基地まで帰れなくなった仲間たちの機体もあるから、隣の機体と翼が触れ合いそうなくらい混み合っている。

「あれ、どうするの?」

「飛べる機体からトラックにでも載せて、どっかの滑走路まで運ぶしかないだろう。当面ここは使い物にならんし修理が必要な機体はTAB‐8か、ちょっと遠いが7辺りに受け入れてもらうしかない」

「君はどっちに移るの?」

「そんなこと、俺に訊くなよ」

 確かにそうだ。整備士もパイロットも、自分たちの行先なんて決められない。ただ言われるままに基地を移動して、死にに往くんだから。

「道路から飛べないの?」

 地上をごとごと走る飛行機なんて、間抜けにも程がある。

「脚折るぞ」

「バンシーでも? 一度そこに降りたはずなんだけど」

 僕はゲートの向こうに伸びる一本道を指す。餓死してそのまま干からびた生物の背骨みたいに真っすぐだから、滑走路代りにはちょうど良さそうだ。

 でも、アガヅマは手首をがくがくと振った。

「あれは緊急事態だ」

「今だって、緊急事態だと思うけど」

「バンシーの修理が後回しになる程度にはな」

「後回しって、どれくらい?」

「さあな」

 アガヅマは勢いをつけて壁から離脱すると、ようやく煙草に火をつけた。白い煙が空に昇っていく。

 空には雲が多いけれど風はほとんどない。高高度の雲だって眠っているような速度でしか動いていなかった。空を彷徨う死神たちが暇に任せて吐いた紫煙みたいな雲だ。

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