②-2
タルヴィング側の計画では、最新機であるマークⅢの技術を盗みに来た奴はあの細工ごと情報を持ち出すはずだった。あるいは修理を名目に改良する過程で、必要以上に構造を調べようとする奴が出てくるはずだった。
それなのに、空ですれ違っただけの
僕の命がけの罠は、あっさりと二人によって解除された。
その時点で、僕はニケとアガヅマとを監視対象にするべきだったんだ。でも、その判断を下せなかった。
出会って三日目に、二人が僕をガラクタの山に連れて行ったせいだ。あまつさえ、ガラクタで独自の改良を施しているのだと自白されてしまった。二人ともがスパイがいる前提で振る舞っていたせいで、偽情報をつかまされているんじゃないか、とも考えた。
だから僕は、なにも報告できなくなってしまった。
「あんた、向いてないよ、その仕事」
「知ってるよ」僕は唇を噛む。「でも、家族がタルヴィングに避難しているんだ。僕がニケを……敵のスパイを見逃してたなんて知れたら、僕の家族はヒノメに戻される。また、戦争に怯える生活になる」
「まあ、そう結論を急くなよ。マークⅢの技術がロストに転用されてるのは確かだが、あいつが情報源だとは決まってない。あいつだって、ヒノメに捕縛されるほど間抜けじゃない。よしんば捕まったって、俺のこともあんたのことも話したりはしない。それにな、ヘルティアに寝返ってる奴は、たぶん他にもいるさ」
「君は!」声が大きくなった。「他人事だから! 家族の危険も、タルヴィングからの制裁も、なにもないから! そんな風に落ち着いていられるんだ」
「なんだ」はっ、とアガヅマは短く息を吐いた。「俺が落ち着いてるように見えてるのか」
僕はアガヅマを見る。新月の下に、青白い顔があった。血の気の引いた、なにかを恐れている顔だ。
「……君は、なにが怖いの?」
アガヅマは眼を細めて、苦笑した。まだバレていない悪戯を自ら告白する子どものようにはにかんで、ゆっくりと右手をポケットから出した。
ツールナイフが、握られている。ポケット越しにニケに突きつけていたのは銃口などではなく、それだったのだ。
「俺は、あいつを撃てない。絶対に。たとえ、あいつが捕縛されて拷問されると知ってたとしても、撃ってやれない。死ぬなら、俺の知らないところで、勝手に死んでてくれ」
胸の奥で絡まっていた血管が解けるような不思議な温かさを感じた。ああ、とため息を吐く。
「彼女を助けられないことが、怖いの?」
アガヅマは笑った。ただ、それだけ。なのに、でもどんな大声を出すよりも鮮明な答えが聞こえた。
彼女は敵側のスパイだ。情報を持ち帰り、それなのに安穏とした生活に戻ることなく、前線に戻って来た。裏切られた味方は、死に物狂いで彼女を狙うだろう。実際、情報局は彼女の生存を疑って、僕らに聴取しに来た。
捕えられたスパイの末路なんて、ろくなものじゃない。
アガヅマは、再び右手をポケットに隠した。死地に向かう老兵みたいな足取りで、店の裏手に消えていく。たぶん、バイクを停めているんだろう。僕のスクーターとは違って、交通ルールさえ無視すれば三人くらい乗れるほど大きいやつだ。
昔、ここの手伝いをしていた女の子に『甲斐性なし』って見当違いの謗りを受けたことがあったけれど、案外正しかったのかもしれない。
僕は、アガヅマほど彼女を受け入れられない。裏切り者! おまえのせいで! と罵って機銃の弾が尽きるまで撃ってしまいたい衝動が燻っている。でも、殺したいわけじゃない。
どっちつかずだ。
僕はスクーターのスタンドを外す。
どん、と爆発音が聞こえた。空爆にしてはやけに早いと思ったら、アガヅマのバイクがテールランプの尾を引いて道路に滑り出るところだった。
どうしてあの盛大なエンジン始動音を聞き逃したのだろう、と考えてから、まあ彼のことだからなにかしらの細工をした上で僕を尾行したのだろう、と理解する。諦める、といったほうが近いかも知れない。
僕は、スクーターの鍵を捻る。くるる、と控えめな音を立ててエンジンが始動した。
あと十分もすれば北の空が明るくなるはずだ。
彼女が、僕らと完全に決別した証拠が見えるはずだ。
僕はそれを少しでも近くで感じるためにアクセルをひねった。
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