②-3

 店内は、外見通りの狭さだった。L字のカウンター席がマスターと客席を隔てている。ボックス席は三つだけで、それだって列車の座席みたいに小さなものだ。そのくせ、壁際には電話ボックスとジュークボックスとが身を寄せ合っていた。

 アガヅマがカウンター席のL字の短い辺のど真ん中、ジュークボックスの置かれた壁際から二つ目に座る。僕はその隣、出口側の椅子を引いた。三席きりのL字カウンターの短い辺は、壁際に置かれたジュークボックスと電話ボックスとのせいもあって、人が通る隙間もない。

 アガヅマはなれた様子でメニューも見ず、カウンターの中に立つひけ面のマスターにコーヒーを頼んだ。僕も「同じのを」と告げてから、壁に吊られたメニュー表を仰ぐ。飲み物の選択肢は、コーヒーかビールしかない。食事だってサンドウィッチとクッキーの二択だ。

 当時、TABー9に着任して三日目の僕は基地の食堂のひどさを理解していなかったけれど、それにしたってこのカフェは相当なものだ、と呆れたのを覚えている。

 ホーローの大きなマグカップが出てきたタイミングで、ニケが店に入ってきた。ドアチャイムがキキンと澄んだ音を立てる。

 僕が入店したときは気がつかなかったけれど、互いにぶつかり合って甲高く鳴いているのはどうみても機銃の薬莢だった。思わずマスターの分厚い背中の肉と、ドアチャイムと、窓から見えるガラクタの山を見比べてしまう。

 白く汚れた窓の向こうでは、まだ子どもたちがガラクタ発掘に勤しんでいるのが見えた。

「ねえ」とニケは僕とアガヅマが座る椅子と壁との細い隙間をスルリとぬけた。野良猫も驚く身のこなしだ。彼女は一番奥の椅子にひょいと座ると、「相談なんだけど」とカウンターに身を乗り出した。

「機銃はやめろ」とアガヅマが即答する。

「まだなにも言ってないんだけど?」

「違うのか?」とアガヅマが、さも意外そうに顔を上げる。

「機銃は今のでいいよ。当分は」

「じゃあなんだ」

「シート」

「シート? こないだ換えただろ」

「うん。でも、背面に入れたときに体が浮いてさ。あ、シートじゃなくてシートベルトかな? どっちにしろ、背面姿勢のときの安定感に欠けるんだ」

「そもそも、戦闘機は女が乗るようには造られてないんだよ。おまえが太れ」

「え、でも、わたしとバンシーってあまり体格かわらないよね」

「かわるよ!」思わず悲鳴のような声が漏れた。「全然! 違うよね! 僕の方が背も高いし」

「だいたい」とニケは僕の猛抗議を無視して、「あ、コーヒーとクッキー」とマスターに注文を投げ、「太れって、パイロットに言うセリフ?」と不満そうにアガヅマを睨み上げる。「体重が増えたら、旋回半径が大きくなるじゃない。マークⅢが出てきたこのタイミングで、機体性能を下げるようなマネは絶対にできない」

「まあ、それもそうか」とアガヅマは素直に頷いた。椅子から下りて、僕の背後と壁との隙間を強引に通り抜ける。「おまえが墜ちると機体が還ってこない。それは困る」

「三つほど並べてあるから、合いそうなやつを選んでほしい」

「了解」

「え、待って」声がひっくり返ったことを自覚した。「ひょっとして、君のマークⅠにつけるシートを、ここで拾って行くの?」

「そう」と二人はあっさりと頷いた。

「民間の、廃品の山から持って行った部品を、軍用機につける気?」

「気もなにも、いつものことだよ。わたしのマークⅠはアガヅマお手製のワンオフだから」

「物資が不足してるんだよ」さすがにマズいと理解しているのか、アガヅマは半分開いた扉の外に視線を逃がす。「軍から供給される部品じゃ、マトモに飛ばしてやれない」

「ロクに飛ばない最新機より」ニケは悪びれる様子もなく肩を竦める。「ガラクタ製の専用機だよ。君だって自分に合うように機体の設定を変えるだろ。おんなじおんなじ」

「同じじゃないよ。一応、軍事機密だよ。それに」僕はマスターに届かないように、声を潜める。「ヒノメの戦闘機技術はタルヴィングからもたらされたものだ。勝手にガラクタをつけてるなんて知られたら、それこそ憲兵に連れて行かれてそれっきりだよ」

「だってさ、アガヅマ。気をつけなよ」

「え、なに?」

「憲兵に、だって」

「密告者さえいなきゃ平気だよ」

 他人事のように平然というニケに、アガヅマは軽い調子で片手を挙げた。そのまま店を出ていく。二人ともが、まるで危機感を抱いていないようだ。

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