②-2
町はずれの粗大ゴミ置き場だった。
いや、粗大ゴミに囲まれた、カフェだ。カフェといっても首都にある小さくておしゃれなやつじゃない。店の前には広大な空き地があって──アガヅマに言わせれば駐車場らしいけれど──そこに積み上げられたガラクタに埋もれるように小さなバラックがあった。それがカフェなのだという。看板もなにもあったものじゃない。
バラックを囲むガラクタは、よく見れば車のホイールだったり飛行機の翼だったりで構成されていて、使えそうなものがたくさんあった。統一性のない、それゆえに多種多様な部品の山だ。なぜか、最新鋭かつ軍事機密であるはずのマークⅢのプロペラらしきものまでが、ガラクタの山に組み込まれていた。
ひょっとしたら墜落機体をばらして売り捌いている闇業者なのかもしれない、と警戒したのも束の間だ。ニケもアガヅマもプロペラには目もくれず、ひん曲がったパイプや何に使うのかもわからない金属の箱なんかを引きずり出していた。
部品の山からにじみ出た紫色に光る液体や錆びた金属を踏みつけて、二人は手当たり次第に金属片をトラックの荷台に放り込んでいく。
僕は取捨選択の法則が判らなくて、ただオイルと廃液の臭いが充満するカフェの前に立ち尽くすしかない。
二人の作業を眺めているだけってわけにもいかないから、僕はガラクタ山で拾った鉄帽を手に、荷台によじ登る。二人が投げ入れたネジや小さな部品を似たもの同士で集めて鉄帽に入れていく。鉄帽に穴が空いていないから、こちらは古い歩兵の装備を投棄したのかもしれない。
二人が運び込む部品が金属パイプやプラスチック製の大型部品になるころ、その客は唐突に現れた。
「ニケだ!」
「アガヅマぁ」
二人を呼ぶ子供の声がするまで、僕は子供たちの存在に全く気づかなかった。はっと顔を上げたときにはもう、トラックの周りには五人もの子供たちがいた。
これが空で、彼らが敵機だったら死んでたな、と嫌な汗が出た。
少し大人びた雰囲気の──といってもせいぜい五年生くらいだろう──女の子が二人に、その子分めいた男の子が三人、という構成だ。全員が、破れたり汚れたりした半袖シャツとズボンに防寒靴なんてちぐはぐな格好をしている。
「今度は」とアガヅマの袖を引いて、女の子が言う。「なにをつくるの?」
「バイク」
「おっきいやつ?」
「いや」アガヅマは首を振ってから、「ああ、いや、どうだろうな」と僕を振り返った。「どっちがいい?」
子供たちはようやく僕の存在に気がついたらしい。敵兵から身を隠す素早さでニケやアガヅマの背後に回ると、首だけを伸ばして僕を観察する。
どっちが、と問われたことで、僕はいまさらこのガラクタ漁りが僕のバイクを作るためのものだと気づく。確かに配属初日に、地上を移動する乗り物をアガヅマから買う、という話になっていた。
僕は抱えていたプラスチック板を荷台の奥まで引きずってから、地面に飛び降りる。湿気た土を踏みしめて姿勢を正し、穏やかに敬礼する。
「はじめまして」僕は礼儀正しく、子供たちを順に見回した。「二日前にコッチに来たんだ。よろしくね」
子どもを正面から見据える覚悟っていうのは、敵機と向き合うそれに似ている。少しでも気を抜いてしまえば射程内に入ってしまう。
子供たちは数秒、沈黙していた。敵を観察するっていうのは、重要なことだ。戦争をする気力のない町だと思ったけれど、子供たちはきちんと生き延びるための教育を受けているらしい。
少しして、女の子の一人がアガヅマの陰から体を半分だけ出した。左手でアガヅマの袖を握ったまま、右手を僕へと伸ばす。
「よろしく、新人さん」
「バンシー」と名乗ったのは僕じゃなくて、ニケだった。
「バンシーってなに?」
「知らなぁい」
「悪い子を食べるアクマじゃないか?」
「アクマなんて飛行機に描かないんだぞ」
「そんなことないもん。じいちゃんは空でアクマに会ったって言ってたぞ」
子供たちが囁き交わす声に、空の悪魔はたぶん天候のことだろう、と思ったけれど黙っていた。
空では数分前まで穏やかだった天候が急に崩れることがある。黒い雲とか強風、ひどいときには雷が機体に落ちてきたりもする。どんなに気をつけたって防ぎようたないから、僕たちパイロットは天の気紛れを悪魔って呼んだりするんだ。
男の子たちの言い合いを咳払いで納めたのは、僕に手を伸ばした女の子だった。どうやらリーダーらしい。
まだ右手を差し出してくれていたから、僕はやんわりと握り返した。温かく湿った、小さな手だった。
「よろしく」
「おおきいやつにする?」と女の子が首を傾げた。
意味がわからなくて僕も首を傾げる。
「バイクよ。アガヅマが、あなたのためにバイクを作るんでしょ? おおきいやつを作るの?」
うん、って言いかけて呑み込んだ。飛び降りたばかりのトラックを振り返る。自前で巨大なトラックを調達して乗り回すアガヅマのセンスと、そのトラックを見慣れているらしい女の子の認識とを一秒だけ考えて、「ああ、ううん」と首を振る。
「できれば、小さめがいいかな」
「できるけど」女の子が唇を尖らせる。「男なら大きいのに乗らなきゃ、っておばあちゃんが言ってたよ。小さいのにしか乗れない男はカイショウナシなんだって」
「それはたぶん……ちょっと意味が違うと思うよ」
子供の扱い方なんて学校では習わなかったし、僕の弟はこういう生意気を言うタイプじゃなかった。どう答えればいいの皆目わからない。援護を求めてニケを見たけれど、彼女は僕を見ていなかった。もう一人の女の子に手を引かれて廃品の山に足をかけている。アガヅマはといえば、片手を女の子に貸したまま、もう一方の手で男の子たちになにかの指示を出している。
仕方なく、僕は当たり障りのない話題を探して「えっと」とガラクタ山を仰ぐ。
「ここは……廃品屋なの?」
「カフェよ。ここの部品は全部、軍や工場の人たちが勝手に捨てて行くの」
「つまり……」
「不法投棄」
「それは……ごめん」軍に所属する者として、一応詫びておく。
「いいの。おかげでアガヅマの役に立ててるから」
「じゃあ、ここはアガヅマのお店みたいなものなんだね」
「アガヅマはカフェのお客さん。不法投棄されたゴミを誰がどうしたって、お金にはならないでしょう?」
「そうかな? 僕はバイクの組み立て費をアガヅマに払うことになってるよ。君のパパも、ここの部品でなにか作って売れば、商売になるんじゃないかな」
「パパなんて、とっくに死んじゃったわ」
「あ、ごめん」
「いいの。こんなゴジセイじゃしかたないもの。同情なんかしないでね。だから、ここの部品で何かを作って売るのは、あたしの仕事なの。アガヅマが、いろいろ教えてくれるから、大丈夫よ。こうして仕事があるっていうのは、とても幸せなことなんだから」
大人びた早口だった。きっと誰かの受け売りだろう。僕はもう、何も言えなくなる。
アガヅマはそんな僕を見て、唇を薄く歪めていた。子供たちの生き様に戸惑う僕を笑ったのかもしれない。
彼は子供たちに一通りの指示を出すと、女の子を荷台に抱き上げた。「バンシー」と僕を呼んで、でも僕を待つこともなく、さっさとカフェに入ってしまう。
ニケは、あいかわらずガラクタの山に夢中だった。アガヅマも、彼女には声もかけない。僕はアガヅマに誘われるまま、廃液の上に浮かんでいるようなバラックに入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます