③-1
アツジと別れた僕は、あてがわれた自分の部屋へと向かった。居住棟の三階の隅にある、二人部屋だ。
扉のネームプレートには僕と『阿閉』って名前が入っていた。読み方がわからなかったけど教えてくれる相手がいなかったから、届いていた荷物を解くことに専念する。
といっても大きなものは向こうで処分してしまったから当面の着替えと読みかけだったマークⅢのマニュアル、どうしても売る気にならなかったレコードが三枚だけだ。
部屋に蓄音機は見当たらなかったから買わなきゃいけない。安物でいいけれど、こんな田舎で取り扱っている店があるんだろうか? ニケか司令に訊いておけばよかった。
ベッドは部屋の左右に一台ずつあって、どちらもシーツがきれいに畳んであった。右側には栞を噛んだ分厚い本が寝ていたから、僕の割り当ては左らしい。
前の基地では二段ベッドだったから、この配慮はとてもうれしい。出撃時間が違う同室者に寝入り端を叩き起こされずにすむ。
でも、ベッドを設置するのに十分なスペースが確保できているってことは、この基地の人員が少ないってことだ。
ニケは戦線が移動してるって言っていたから、いずれこの部屋も二段ベッドを両端に置いた四人部屋になるのかもしれない。
それまで僕は生きているだろうか? 飛んでいられるだろうか?
少し感傷的になってため息が出た。慣れない部屋に一人でいるのは、クセもわからない機体で雲の中に取り残される感覚に似ている。
空気が動かないから悪いんだ、と僕は窓を開ける。三階だから見晴らしがいい。格納庫や滑走路の向こうにある草原まで見渡せる。さすがに基地の終りを告げるフェンスは見分けられなかったけれど、林に近い場所に立っている人影は見えた。
ナンバー・ワンの彼、アツジだ。表情はわからないけれど、間違いない。
一人かと思ったら、彼の影が分裂した。連れがいるらしい。
眼を凝らしたのは単なる好奇心だったけれど、捉えた瞬間に後悔した。
キヨミズだった。彼女はアツジの腰に腕を巻きつけて、背伸びをする。アツジも身を屈めて──不意に顔を上げた。
僕は咄嗟にカーテンを閉めた。たぶん彼は、僕の視線に気づいた。
首筋がジリジリとする。そういうことか、と短く息を吐く。
ニケが、アツジやキヨミズをあまり評価していなかったのは、これが原因だろう。もし彼が操縦の腕前ではなく、司令のお気に入りって理由でナンバー・ワン扱いされているのだとしたら、と想像してみた。
舌打ちが一つ。
僕は部屋から出る。どこに行こうって決めていたわけじゃない、ただ部屋にいたくなかっただけだ。
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