帝は星辰の碁石を求めて旅をするのこと

64 帝は禁欲生活にイライラするのこと

「まったく、けしからんババアだな! 金玉の母でなければ斬り殺しているところだ!」

 帝は、帝とも思われない言葉づかいだった。


「まあまあ、陛下。これは昔ばなしでよくあるパターンですよ。

 求婚者に無理難題を与えて、真の勇者を見極めるのですな」

 横から丞相が口を出した。


 いま、帝は庶民の服装に着替えて、山道を歩いている。

 護身用に剣を携えているが、一般人と何も変わらない姿であった。


 横にいる丞相も質素な身なりをしており、ただの老いた従僕じゅうぼくといったところだ。


「ご安心くださいませ。

 こういう話では、だいたい老人のいうことを聞いておけば、話が進んでいきますからな。

 私めが、陛下をお導きいたしましょう」


 丞相は万巻の書物に通じており、当然、昔話や民話にも詳しかった。

 

「余は、おまえが旅に出ろといったから、そうしているのだ。

 だいたい、星辰せいしんの碁石とはなんなのだ。

 探しているものもわからぬのに、ここからどうするのだ?」


 帝は、もっともな点を指摘した。


「ま、そうお急ぎなさらずに。どうです、この山道。

 いかにも何か出てきそうでしょう? そろそろイベントが発生しますよ」


 ――まさしく、その通り!


 果たして、夜もふける頃、異変があらわれた。

 山中で、二人の老人が囲碁を打っている。


「あのじじいどもは、何だ?

 夜に囲碁をしているなんて、息子と嫁からうとんぜられて、家庭に居場所がないのか?」


 帝は、意外と世俗の情に通じているようであった。


「もっと近づいてみましょう」

 老人たちは囲碁に夢中で、こちらにまったく気づいていないようだ。


「おい、南斗。腹が減ったなあ」

 黒い碁石をもった老人が、ひとりごとのようにいった。


「ああ、北斗。のども渇いたなあ」

 白い碁石を置いた老人は、それに応える。


 だが、二人は碁を打つのをやめない。

 ぱちん、ぱちん、と碁を打つ音が続いている。


「……帝、わかりましたぞ!」


「なんだ?」

「彼らが望むものを与えてやるのです。さあ、いったん山をおりましょう」

 丞相は小声でいって、帝をひきさがらせた。


「南斗と北斗は、星座の名前です。彼らは、神仙なのでしょう。

 そして、碁を打っている。

 きっとあれが星辰の碁石なのですよ」


 丞相は、ミもフタもないくらいに設定を解説した。


「彼らに食べ物を捧げて、ご機嫌をとって、碁石をもらいましょう」

「おお、さすが丞相であるな」


 帝は納得し、夜市で最上級の酒を買い求めた。


「さて、食べ物は何にする。肉でいいのか?」

「それでいいでしょう」


「箸もいるのではないか? 手が汚れるぞ」

 帝は、けっこう細かいところにも気がつくようだった。


 ――すると。

 夜市の片隅に、ケバブ屋のキッチンカーが停まっていた。

 中東系と思われるオヤジが番をしている。


「ドネルケバブ、おいしいヨ」

 キッチンカーには、串刺しになった肉が吊るされている。

 その肉をうすくスライスして、販売しているようだ。


「これにしましょう」

「うむ、そうだな」


 丞相は、二人前を注文する。


「あいヨ! チョト待っててネ~」

 オヤジは愛想よく受け答えをする。


 そのオヤジは、目鼻立ちがくっきりとしていて、ぴったりと撫でつけた髪をしている。

 濃い口ひげは整っていて、清潔感があるといえた。


 金玉のために禁欲生活をはじめた帝は、ふだんならまったく興味が湧かないタイプの男に、むらむらと変な気を起こしてしまった。


 ――だいたい、余はなぜあの時、金玉を抱かなかったのだ?

 たかが、ふたなりだということに恐れをなして……!

 衆人環視のなか、処女/童貞を奪う――まったくもって、アリではないか!


 ――エロゲであったならば。


 ああ、禁欲する前に、せめて一回抜いておけばよかった!

 だが、綸言りんげん汗の如しだ。

 綸言とは、天子の言葉。

 一度発した白いものが体内に戻らないように、余が発した言葉は取り消せないのだ。

 余は、なんと軽はずみなことを……!


「抜イテく?」

 オヤジが帝に問いかけた。

 その指には、ふさふさの指毛が生えている。


 その指で包まれたなら、新しい感覚が味わえそうだった。

 この店は、そういう手仕事ハンド・ジョブもしているのか? なるほど……!


「……アリ、アリだッ!」

 帝は生唾をのみこんで、きっぱりといいきった。


「あいヨ。トッピング、アリ、ネ!」

 オヤジはグッと力強く親指を立てた。

 にこにこしながら、チリパウダーをふりかけてくれた。


 片言かたことのオヤジは、トッピングを抜くかどうかを尋ねていたのだ……。


「ハイ、おまち! ありがとネ~」

 二人は肉を受けとって、屋台を離れた。


 ――帝は、己の愚かさに心底呆れていた。


 夜市のケバブ屋が手仕事ハンド・ジョブをしてくれる?

 そのようなこと、万が一にもあるわけなかろうが!

 嗚呼、余はここまで愚かだったのか。それというのも金玉のせいだ。

 あの巨乳とはいえないが、ほど良い大きさの乳。

 あれにこすりつけたり、はさんだりしてみたいものだ。

 余が望むのはそれだけだ。

 

 ――その時ッ!

 帝の前に、白くやわらかなものが現れた。


「こ、これだ!」

 帝は思わず、その丸いもの二つをつかんだ。


「ち、ちょっとお客さん! 買ってくれるんだろうね?」 

 それは中国式焼きパンの屋台であった。


「ああ、もちろん、もちろん。

 帝、こういう時は、お店の人にいって、とってもらうんですよ」


「(己が)肉棒を、このなかにはさむのだ!」


「ああ、それは良いアイデアですな。碁をしながらでも食べやすいでしょう」


 丞相は「棒って……? 肉はスライスしてるのに?」と思いながらも、

 焼きパンに肉を包み、キャベツの千切りを足し、ヨーグルトソースをかけて、ドネルサンドをつくった。


 以下、次号!



《オマージュした作品》 

中編 ケバブ売ってそうな風俗店

https://kakuyomu.jp/works/16818093082742974830/episodes/16818093082764977124

試練を与えられた主人公の、魂の慟哭どうこくを描いた作品です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る