中編 ケバブ売ってそうな風俗店



手コかれたいだけの人生であった。


そんな生涯を終えた今も。


俺は手コかれたくて悶絶していた。


「もおおおおおッ!!

 なんでだよおおおおッ!!!」


幼子のように駄々をこねていた。


制御出来ない。


これは防衛機制なのだ。


幼児退行することによって己を守る。


こうなっちゃったらもう、衝動に身を任せるしかない。


どうせ部屋には他に誰もいない。


俺はただ、獣のような感情に従って寝転がり手足を激しく振り回した。


仰向けだった。うつ伏せだったら危なかった。





女体にょてえ」「女体にょてえ」叫びながら泣きわめく俺に、声をかける者がいた。


「荒れテルネ」


突如聞こえた男の声に、ピタリと静止する。


誰もいなかったはずじゃ……。


顔を上げると、部屋の片隅にケバブ屋のキッチンカーみたいなのが停まっている。


なぜ?とかいつ?なんてくだらない疑問に捉われる事は無かった。


だってここは死後の世界。


そりゃあケバブ屋だって湧いて出る。


中東系と思われるオヤジはこちらの返答を待たずに続けた。



「抜イテく?」



……抜いてくれるのかよ!!


ようやくこの「手コかれないと抜けない部屋」に同席者が現れたと思ったのに、同性とは。


せっかくなら異性のケバブ屋が湧いて出てくれりゃあよかったのにッ!!




……だが。


この中東系のオヤジは目鼻立ちがくっきりとしていて一般的な日本人の言う「ハンサム」とか「男前」の基準に当てはまる。


髪をぴったりと撫で付け、濃い口ひげも整っていて清潔感がある。


厚めのガタイを覆うふさふさの体毛もセクシーだ。




……“アリ”やね。



ゴクン、と生唾を飲む俺に、オヤジはさらに語り掛けてくる。


「イイこ、いっぱいイるヨ」


……イイこ?


「アンタが抜いてくれるんじゃないのか?」


「オンナのコ、イるヨ。

 上手いヨ」


……なんだ、このオヤジはただの仲介役なのか。


だが日本語は難しい。


オヤジはカタコトだし、正確な意思の疎通が出来ているかは怪しいものだ。


一応念のため聞き方を変えてもう一度尋ねてみる。


「アンタは抜いてくれないのか?」」


「オンナのコが抜いテくれルんだヨ~」


ホッとしたようなガッカリしたような、複雑な感情に戸惑いを覚える。


まぁ、女の子に抜いてもらえるならそれに越したことはない…かな?


「それで、どんな娘がいるんだ?」


ケバブ屋のオヤジはキッチンカーのカウンターにリストを広げた。


「一番人気は巨にゅ……!」


「それだッ!!」


オヤジが言い切る間も与えず、即決した。


早押しクイズで言う「決まり字」というもの。


「巨」の次に「にゅ」が来たら即座に飛びつく。


「こ」だったら一旦様子見だ。


オヤジはにやりと笑みを浮かべ、グッと力強く親指を立てた。


「お兄サン、オメガタカイネ。

 巨乳輪きょにゅうりんのコ、イく?」



巨乳輪ッッ!!?



巨乳ではなく、巨乳輪だってッッ!?


そうか、そっちがあったかッ!!


クイズなら痛恨の誤答である。


だが、この状況においては必ずしも失着とは限らない。


無意識に股間に手が向かい、電撃を食らって仰向けに転がる。


そのまま床に大の字になって、思わず叫んだ。



「一番好きなヤツ!!!」



乳の大きさには言及されていない。


巨乳かもしれないし、貧乳かもしれない。


そこに運の要素は含まれている、だがしかし!


確かな事がある。


それは、その娘が巨乳輪であるという事。


貧乳の巨乳輪、巨乳の巨乳輪。どちらも貴賎は無い。


「巨乳輪のコ、少し高いヨ。

 アル?」


オヤジが右手の親指と人差し指を合わせて銭のハンドサインを作る。


……そうか、金を取るのか。


いや、不満があるわけではない。


女の子にとってこれはお仕事なのだ。


労働には対価を支払う。当然である。


だが、


確認のために財布をひっくり返して、小銭をかき集める。


……5000円とちょっとしかない。


「巨乳輪の子、一番人気。

 指名料、足りないヨ」



「うわあああああああああッッ!!」



心の中で叫んだつもりが、声に出していた。


密室に原始の雄叫びが響く。


なんなんだ、このクソ空間は!!


人は生涯を終える前にいちいちATMで現金を下ろしてこなきゃ安息の地に辿り着けないのか!?


地獄の沙汰も、貯金はノーカウントノーカンかよ!!


今日日たったの六文銭じゃあ巨乳輪指名出来ないよ!!


他に支払い方法は無いか尋ねるが、カードもダメ、電子マネーもダメ。


噓でしょ!?


巨乳輪ダメ!?


いかん、このままではまた退行してしまう!


まず大きく深呼吸。


それから一旦落ち着くため、股間に手を触れ電流を走らせる。


「ナウッ!」という悲鳴を上げて転がりまわり、怒りから気を逸らす。


悪意しか感じない拷問的な装置も、もはや己を制御するためのシステムに組み込んでいた。


落ち着け。


きっと、抜け道はある。


今の俺の全財産でいける娘は……。


カタログには嬢の写真が出ていない。


もう!本当に気が利かない店!!


口には出さない。


サービスが悪くなったらやだからだ。


5000円で選べるコースは二種類。


真っ先に目についたのは……。


「オヤジ、この『シーサーちゃんと海』ってコースは…?」


「オンナのコの顔がネ、

 似てるんだヨ」


シーサーに?


「……ふう」


昨今、社会の在り方というものが大きく変わりつつあると思う。


外見重視主義などという考え方を持っていては時代錯誤。


ルッキズム。


俺も若い時分、容姿の良くない他者を「ブス」と表現してきた。


今となっては恥ずべき過去である。


テレビやメディアでも当然のように女性芸能人への「ブス」いじりを見てきた世代。


だが大人になった今、社会人としてこの国で生きていく以上は思想をアップデートしなくてはならない。


だから、外では決してこんな言い方はしない。


これから発する俺の言動は決して真似してはいけない。


もしもケバブ屋以外の人間がこの状況を見ていたとしても、社会人の悪い見本として反面教師にして頂きたい。


命を失い、謎の部屋に閉じ込められ自由を封じられた今だから。


社会から隔絶されたこの状況だからこそ。


こんな状況でくらい、こんな状況だからこそ、声高に叫ばせてほしい。




「ブス『アリ』ッッ!!」




取り繕っても仕方ないのではっきり言う。


ブスならブスなだけ興奮する。


沖縄が琉球王国だった頃から人々を見守り続けてきたシーサー。


シーサーに似てれば似てるだけ南国を感じられる。


「『シーサーちゃんと海』、いク?

 写真。

 ……アルヨ」


オヤジが差し出した写真を手に取ると、そこには想定外の容姿をした女性が写っていた。



「……シーサーペントだこれ」



沖縄の狛犬ではなく、海中の化け物そっくりだった。


……すっごい怖い。


言っておくがブスアリにも傾向はある。


ひとくくりにマゾヒストと言っても精神的な苦痛を求める者と肉体的な苦痛を求める者、その他千差万別の傾向があるように。


俺も哺乳類系はアリなのだが、海中系はちょっとストライクゾーンから外れている(内角に)。


しかもこの「海」って、沖縄の砂浜じゃなくて沖じゃない?


「シーサーちゃんにスル?」


オヤジに言いたい。


“ペント”を略すな!


“シーサー”の後の“ペント”は結構重要な部分だから。


「シーサーちゃんに…しない」


「イイコなのニ?」


「上半身食いちぎられそう」


「食いちぎるヨ」


じゃあやだよ。

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