手コかれざる者抜くべからず

パイオ2

前編 白か、銀か



手コかれたいだけの人生であった。


ごく普通のサラリーマンだった俺が最期に見た文字は「ターャジス」。


トラックにねられ、二十七年の生涯に幕を閉じた。


やれやれ。


まさかこの俺があんな死に方をするとはな。


死の瞬間を振り返る。


道路を挟んだ反対側に、アイドルがプリントされた屋外広告が掲示されていた。


そのアイドルの丁度胸のところにスキンヘッドの男の後頭部が被って見えたため、おっぱいが丸出しになっていると勘違いして車道に飛び出してしまった。


まったく俺としたことが、間抜けな死に方したもんだぜ。


さて、そんな俺が目覚めたのは見覚えのない部屋。


異世界…。


……じゃ、ないのか?


壁、床、天井。


全てが目の痛くなる純白に塗られた何もない部屋。


まるで己自身の貞操状態を表すようだ。


家具らしきものは一切無い、絵に描いたような無の空間。


この部屋は何かおかしい。


電灯もないのに明るさは十分だし、出口らしきものも見当たらないのだ。


出口がない、すなわち入り口がない。


では俺はどこから入ったというのか。


絶対にどこかに出入りするためのドア、ないし何らかの方法があるはずだ。


それを探らなくてはならない。


室内を見回すと、壁に日本語の書かれた一枚の紙が貼られていた。


そこに書かれている文字は。



「手コかれざるもの抜くべからず」



意味がわからないのでまず一発抜いておくかと思いイチモツに手を触れようとした、その瞬間。


電流が走った。


比喩ではない。


イチモツと我が手の間に静電気のような電撃がバチッと走ったのだ。


「ッァアッツ!!」


短い叫び声が漏れると同時に仰向けにひっくり返った。


痛ッてぇ……なんで!?


部屋が乾燥していたのか、いや…まさか。



手コかれる、とは即ち、他人にシてもらう事。



……これって、もしかして…。


「セックスしないと出られない部屋」の手コキ版…ってコト!?


…いや、ちょっと待てと。


確かに俺は今際いまわきわに「手コかれたいだけの人生であった」と振り返ったが、手コキとセックスどっちを選ぶかといえば後者である。


手コキに失礼な言い方を敢えてさせてもらえば、セックスの妥協である。


本当はセックスがしたかったのに日本人らしい謙虚な姿勢で手コキを所望したのだ。


選択肢があるのなら全然「セックスしないと出られない部屋」でよかったのに。


俺の希望を汲んだつもりなら大きなお世話だし、言葉の裏にある“本当の想いマジなヤツ”まで感じ取ってほしかった。


それと、どう見てもこの部屋には俺しかいない。


こういうのって、手コいてくれる候補の女の子が一緒なんじゃないか?


もう一度、室内をよく見まわす。


「……ビンゴ!」


見つけた。


白い壁から、二本の人体パーツが生えている。


腕。


二本の、それぞれ異なる右腕。


ただし両方とも生身の人間ではない。


片やどう見てもマネキンの腕。


白く美しい女性の手を模している。


片やどう見てもゲームセンターにある腕相撲マシーンの腕。


しかも力士とかアームレスラーをかたどった腕じゃなくて機械チックな銀色のやつ。


勘の鋭い俺は即座に理解した。


(成る程、これにイチモツをあてがえばシゴいてくれるのか)


だが、何故二種類ある?


普通に考えたら女性をかたどったマネキンの手にイチモツを添えるだろう。


それが普通である。


普通は、壁からマネキンの腕が伸びていたらイチモツを添える。


それが世のことわりというものだ。


では、こっちの腕相撲マシーンの腕は何のためにあるのか。


女性の握力では満足出来ないタフガイのため?


ここでさらに疑問が浮かぶ。


これ、どっちか片方しか選んじゃ駄目なのか?


例えば一旦まずはマネキンの方にシゴいてもらって、最後まで到達しなければマシーンの方にシゴいてもらうみたいな乗り換えは可能なの?


知的好奇心旺盛な自分としては、どうせなら両パターン味わってみたい。


だが懸念もある。


(出来るか…?我慢……ッ!)


あまりこういう状況を言語化するのは好ましくないかもしれないが、はっきり言って睾丸パンパン。


野球部の合宿後くらい玉パン状態(合宿中に抜くやつもいるが)。


それに比例して健康的な成人男性の先っぽはツヤツヤに輝いている。


玉羊羹のような美しい光沢である。


それが何を意味しているか。


……優しく手を添えてもらうだけでも我慢出来そうにない!


それでもッ!!


「ええい、ままよ!」


「やってやる!やらいでか!!」


「耐えて見せる!耐え抜いてみせる!!」


イチモツの不安を振り払うように雄たけびを上げることで決意を固める。


最後の「耐え抜いてみせる!」だけは耐えるのか抜くのか曖昧な表現だった。


「耐えきってみせる」にすればよかったと微かに後悔がよぎる。


だが、いく!!


いや、“射精に至るイク”ではなく、イチモツをそこにあてがってやる!!


直接モノに手を触れないように器用に脱衣し……やあっ!!



……。



何も起きない。何も。


開始ボタンのようなものも見当たらない。


係りの人が気付いてないのか?


「おちんちん添えてるんですけどーっ」


どこへともなく声をかけるが、ただ自身の声がむなしく響く。


マネキンの手は固く冷たく、どれだけ念じようが動かない。


テコでも手コかねえ決意すら感じる。


なんでなんだ……。


悔しくて、込み上げてくる。


それは決して子種の事では無い。


感情である。


怒りという名の、熱く激しい感情が芯から込み上げてくる。


芯とは決してイチモツの事では無い。


「ただのマネキンじゃねえかッ!!」


掲げた拳を振り下ろす場所も見つからないまま、宙を振り回す。




じゃあ、こっちの機械の腕が正解…?


いや、正解なんてあるのか?


そもそもがただのインテリアなんじゃないか。




……本当にそうか?


深い理由があるんじゃあないか。


「手コかれざる者抜くべからず」の部屋にこれがある意味を考えると…。


この部屋に閉じ込められた男はまずマネキンにイチモツを添える。


何も起きない。


期待を裏切られた男は隣の機械の手にイチモツをあて……あッ!!


…ようやく思考が“敵”に追いついた。





……罠だ。





油断してそこにイチモツを添えると…。



……握り潰されるんじゃないか?



壁から生えた無機質な銀色の曲線が、全身にめぐる血液を冷やす。



…こわい。



本能的に股間を守ろうとしたその瞬間。



バチッ!



「ィイッ!!」



またも電流。無意識にイチモツと手が触れてしまったのだ。


痛くて叫んだ悲鳴なのに、「良かった」感じになってしまった。


誰もいなかったからよかったものの、人に聞かれていたら「(電流の刺激痛気持ち)ィイッ!!」と取られていたかもしれない。


危ないところである。


手をなるべく股間から離し、バンザイの格好でのたうちまわる。


はあっ、はあっ…。


息を切らし、徐々にこの理不尽な状況への不満が蓄積してくる。


俺が想像していた異世界転生と違う……ッ!!


ストレス…精神的負荷……!!


そもそもなんだよ手コかれざる者抜くべからずって。


抜く抜かないじゃなくて部屋から出られるかどうかだろ!!


馬鹿にしやがって!


馬鹿にしやがってえええッ!!!


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