第14話 初恋の魔法を信じて

ヤマネコの提案に王女は突然、なにか閃いた顔をしましたが、しばらくまたもじもじと体を揺らしていました。


しかし、ついに意を決したように王女はヤマネコに話しました。




「あなたは私を慕っていたといいましたが、それは私に口づけはできるほどでしたか。


実は愛する者からの口づけはどんな呪いをも解く強力な力を持つと、古来からの言い伝えを耳にしたことがあるのです。


私たちは二人とも呪われています。


過去の恋でもどちらかが相手を本当に愛していたのであれば、口づけすればきっと呪いは解かれると思うのです。


このことはずっと以前から知っていましたが、私はもう『王女』です。


権力争いを繰り返し、結果誰にも心を許せず、今まで人生で一度も口づけをしたことがありません。


そして、これからもこの固い心のままで、信頼できる人が現れるとは思えません。


しかし、あなたは私の初恋の人で、わたしにとって本当に特別な存在です。


初めての恋の魔法を信じて、呪いを解く口づけの相手を託してもよろしいでしょうか」




ヤマネコは人生で一番驚き、毛が逆立ち、いまにも耳から蒸気が出そうなほど顔を赤くしてしまいました。


相手は恋焦がれたあの頃の乙女であり、王女様でもあります。


その上ヤマネコにとっても初めての口づけです。


緊張しないわけがありません。


しかし、ヤマネコは少しでもこの方の呪いを解く可能性があるのなら、と試してみようと決意しました。




「あの頃、私はあなたへの恋心はまぎれもなく本物でした。


それはあなたが王女様であるかどうか関係なく、確かに私の心の中で燃え上がっておりました。


この獣の姿の私が、美しいあなたに口づけする相手として釣り合うかはわかりません。


しかし、純粋な気持ちだけなら誰にも負けません。


あなたと私のために、今口づけをしましょう」




そういってヤマネコは王女様の傍に近づこうとしました。


王女様は緊張のあまり、足に力が入らず玉座から立ち上がれませんでした。


ヤマネコは王女様の許しを得て、玉座のすぐ向かいに立つと、手を彼女の肩に振れました。


そして、王女の瞳を覗き込みました。


王女は体を固くし、くぐもっている瞳はびくびくと揺れ動いています。


ヤマネコはそんな中、少しでも気持ちを和らげようと祈りの言葉を口にしました。




「僕の初恋の相手の愛しい人よ。


どうかこの口づけで私たちの互いの呪いが解けますように。


あなたは心の呪いを、私は姿の呪いを。


そうした己を縛るものからどうか解放され、のびやかな自由を得られますように」




そういうとヤマネコは、顔を王女の顔に近づけます。


王女はそれにあわせて、瞼を閉じました。


そして、静かに唇を重ねました。


柔らかいぬくもりが一瞬、互いの唇に触れました。




ヤマネコはそれを感じると途端に体が重くなったのに気付きました。


そして、そのままドサリと体が床に落ちていき、目の前が真っ暗になったのです。


ですがそれは不思議と心地よく、温かい眠りに似たようなものでした。


ヤマネコは、そのまま気を失ってしまいました。




ヤマネコが目を覚ますと、床に横たわっていました。


王女様は膝にヤマネコの頭をのせた体勢で座っていました。


そして、横たわったヤマネコを心配そうに上から覗いていました。




「起きましたか」




そう王女様が尋ねると、ヤマネコは一瞬何が起きたのか把握できませんでした。




「私は一体、何を‥‥えっと、口づけのあと一体どうなったのでしょうか」




ヤマネコはそう言って体を起こそうとすると、体がひどく重く感じることに気づきました。


あらゆる筋肉が固くなって痛みます。


ヤマネコは何気なく自分の手を伸ばすと、なんと人間の手がそこにありました。


それをみてヤマネコは目を見開きました。




「どうか安静になさってください。


あなたはそのまま気を失っておりました。


医者に見せるか迷いましたが、あなたの姿を何て説明するか考えあぐねているうちに、目を覚ましたのです。


きっと姿が急に変わって、体が驚いたのでしょう。


なにせ口づけした後、私が目を開くと、あなたはもう一瞬のうちに人間に戻っていたのですから」




そう王女様から言われて、男は飛び上がらんばかりに喜びたい気持ちになりました。


やっと、自分は人間であるとみんなにわかってもらえるのです。


自分は凶暴ではないと、説明しなくてもいいのです。


こんなに清々しい気持ちになったことはありません。


男は確かに自由を感じていました。




そして、王女様のことも同時に気になりました。




「それで‥‥王女様の呪いは解けたのですか?」




おそるおそる王女様に聞いてみました。


王女様は静かに、男に顔を近づけました。


そして、目を覗き込みます。


男は王女様の瞳に釘付けになりました。


王女様の瞳は濃い青色で、その奥は美しく煌めいていました。


先ほどのような恐れや困惑の感情は感じません。


王女様はそのままの体勢で口を開きました。




「目は心の窓というでしょう。


これが私の呪いが解かれた証拠です。


私が自分で課した呪縛をあなたは解いてくださいました。


私は以前よりも、全てが明るく見えます。


今まで閉じこめられていた心が開放されたように思えます。


こんなに世界は煌めいていたのですね。


知りませんでした。


こんな柔らかな気持ちになったのは紛れもなくあなたのおかげです。


本当にありがとう。


これは、お礼です」




そういって、王女様は彼の額に口づけをしました。


男は目をこれでもかと大きく開きました。


王女様はその表情を見て、いたずら娘のようにニコニコと笑いました。


そのほほえみは、あの時の乙女の頃から全く変わっていませんでした。


男は気づきました。


これから、もう一度この女性に恋することになると。


王女様は知っています。


この男性はきっと自分の心をいつも溶かしてくれる存在になると。




こうして二人はもう一度親睦を深めるところから始まりました。


二人の関係はゆっくりと、されど確実に暖かくかけがえのないものへと変わっていきました。


もう、吟遊詩人は旅に出ません。


大勢の前に歌うこともありません。


唯一、彼が歌うのは愛する人「〇〇(乙女の名前)」の耳元だけです。


その距離なら彼のウィスパーボイスでも素敵な愛を届けることができます。


そして、彼からの愛の言葉はいつも決まってあのはじまりの歌でした。




こうして二人はいつまでもいつまでも音楽があふれているこの国で、最後の時まで幸せな時間を過ごしましたとさ。




めでたしめでたし




おしまい


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