第13話 王女様のベールの下は
「ヤマネコよ!あなたはこの歌が何の歌か知っているのですか?」
ヤマネコは様子がおかしい王女様からの質問に焦りました。
なんのことを言っているのかさっぱりわかりません。
ヤマネコは緊張しながらも、ありのままを伝えました。
「この歌は私が昔から愛してやまない歌でございます。
その昔、私はヤマネコではなく人間でした。
そのころは今のように多くの歌は歌えず、恥ずかしながらこの歌だけを延々と歌っておりました。
思えば、少し風変わりな吟遊詩人だったと思います」
王女様はヤマネコの話を聞くとふっと脱力した様子で、体を椅子に沈めました。
そして「私はなんてことをしてしまったんだ」とだけ小さくつぶやきました。
大変うなだれた様子です。
そしてすこし沈黙の時間が流れると、王女様は言いにくそうにヤマネコに伝えました。
「…どうか、今までの無礼を許してください。
あなたは、元は人間だったのですね。
私ったらあなたを獣と蔑んで、なんて恥知らずなのでしょう。
私はあなたに向ける顔がありません」
ヤマネコは驚きました。
「何をおっしゃっているのでしょうか。
私は今はこの姿でいる限り、自分がヤマネコと思われても仕方ないと受け入れています。
そして、そのような辛い思い出のある王女様が、ヤマネコを厭うのは当然でしょうに」
「違うのです。
私はあなたを知っているのです。
そしてあなたがあの吟遊詩人であるとはっきりとわかるのです。
…なぜならば、私はその歌を知っています。
あなたは知らないかもしれませんが、その歌をその歌詞で歌うことができるのは今やもうあなたしかいないのです。
その歌は今は別の歌詞となってます。
そして、その歌詞を国中に広めたのはまぎれもなく私なのです。
それはもう皆に馴染みすぎていて、だれも元の歌詞を知りません。
もともと、有名な歌ではありませんでしたから。
そんな中その元の歌詞を見事に歌うことができる人は、私はたった一人しか思い当たらないのです。
だから…あなたは…」
そういって王女様はすすり泣き始めました。
その声はヤマネコは思い当たる節がありました。
あの川のほとりで一人で泣いていた乙女です。
あの日、歌で慰めたあの乙女の声でした。
「もしかして、あなたはあの時川のほとりにいた乙女、あの〇〇(乙女の名前)ですか?」
ヤマネコが気づいた様子を見せると、王女様はゆっくりとした仕草で顔を覆っていたベールを持ち上げました。
それはまぎれもなくあの若い乙女が素敵な大人になった姿でした。
あの頃の乙女の美しさはそのままに、大人としての品格とつややかさがあります。
ヤマネコは愛しい人が目の前に現れて、全身の毛が逆立ちました。
しかし一方で、王女様は涙をぽろぽろと落としながら言いました。
「そうです。私はあなたの歌に救われた一人のあの頃の少女です。
当時、私は病弱で時々城を離れては、療養のためあの村に身分を隠して住んでおりました。
あなたがまさか生きていて、この姿になっているとは全く気づきませんでした。
あの頃あなたの歌声をたくさん聞いたはずなのに、私は頑なにあなたは一曲しか歌わないのだと思い込んでいました。
だからあなたと気付かず、こんなにひどい仕打ちをしてしまったのです。
本当にごめんなさい」
ヤマネコは偶然の再会に驚きながらも、泣きながら謝る王女様をなんだか不憫に思いました。
「いいえ。いいのですよ。
まさかこんな姿になっていて、こんなにたくさんの歌を歌っているとは当時の私も露とも思いませんでしたから」
そういうと王女様は首を横に振りました。
「いいえ、そういうわけにはいきません。
‥それに私はもう一つ謝らなければいけません。
私はあの時、正義感から自分の思い付きをひけらかし、あなたをヤマネコ貴族のもとへ送ってしまいました。
そのせいで、あなたはこんな姿になってしまった。
すべて、私のせいなのです。あれ以来ずっと後悔の念で押しつぶされそうでした。
大好きだったあなたは、今までずっと死んでしまったのだと思ってました。
だけど、あなたは生きてて、私の前にもう一度現れてくれたのです。
だから、謝らせてください。
本当にごめんなさい」
そういって王女様は謝ると、うつむいてしまいました。
ヤマネコはどう声をかけようかとしばらく考えていましたが、ひとつ聞きたいことがむくむくと沸き上がり、立場を忘れてつい尋ねてしまいました。
「王女様、顔をお上げください。
私はあなたを恨んでいません。
実際のところ、この姿になったのはあなたのせいではないのです。
しかしもし許されるのであれば、一つ尋ねたいことがあります。
よろしいでしょうか?」
王女様は無言でこくりとうなずきました。
ヤマネコはどぎまぎしながら、口を開きました。
「王女様は先ほど私のことを『大好きだった』と仰せになられていましたが、それは恋人としてでしょうか?」
そういうと王女ははっとした表情をし、少しもじもじと体をよじらせていましたが、最終的にはまたこくりとうなずきました。
「ええ。こうなったら白状します。
あなたは私の初恋の人なのです。
初めて会った時から優しいあなたに心を奪われていました」
ヤマネコはそれを聞き、顔を輝かせました。
長く伸びた髭がおもわずひくひくと動きました。
「ああ!なんということだろう。
私はあなたのその言葉が今でもうれしいのです。
こんな獣に好かれても王女様は困惑するだけかもしれませんが、それでも言わずにいられません。
私もあの時、あなたに恋をしていました。
そして、同じように初恋だったのです。」
王女はそれを聞くと見る見るうちに顔を赤らめました。
しかし今度は何を思ったか、またすぐにしくしくと泣き始めました。
「しかし、私はもうこんなにも頑なな心になってしまいました。
あの時から私は泣くことはあれど、笑うことはないのです。
一人の王女として、毎日冷たい判断を繰り返すばかりです。
もうあの頃の可憐な乙女ではありません。
思えばこれはまるで呪いのようです。
自分で自分にかけた『後悔』という呪いです。
幸せになってはいけないと、ずっと自分を責め続けているのです。
そして今あなたに謝ることができたとて、これからもこの気持ちが晴れることはないのでしょう」
ヤマネコは王女様が大変不憫に思えました。
こんな悲しみを背負うことになったのは、ヤマネコにも責任があるように思いました。
ヤマネコは王女様のために、なにかしてやれることはないかと心の底から思いました。
「王女様、私は自分が受けた呪いすら解くことができないしがない歌手にすぎません。
しかし、あなたが背負うその呪いはあまりにも重く辛そうに見えます。
どうかわたしにできることがあれば、ぜひ教えてください。
私はあなたのことを慕っていた一人の男性でもありますから」
ヤマネコは柔らかいまなざしで王女を見つめました。
王女はその言葉に戸惑いの色を浮かべながらも、静かに考えを巡らせているようでした。
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