第11話 歌うヤマネコ物語

昔々あるところに、とあるヤマネコがいました。


このヤマネコは三角の耳がピンとたち、毛はふさふさで、どこからどう見ても見た目はヤマネコでしたが、実はヤマネコではありませんでした。


その証拠に、2本の足で歩き、背中にはギターを担いでいます。




そのヤマネコはいつもおなかを空かせていました。


そして空腹の限界になると、背中にあるギターを奏で、それはそれは美しい歌を歌います。


そうするとヤマネコは、空腹を和らげることができました。




実はこのヤマネコはもともと人間でした。


とある化け物を退治したときに「呪いの涙」を嘗めてしまい、姿を変えられた吟遊詩人でした。


「呪いの涙」によって、芸術や人間を食べない限りは、空腹を満たせなくなってしまった彼は、いまは孤独に山で過ごしていました。


そして、せめて人を食らう獣にはならまいと、必死で歌で腹を満しているのです。




しかし、彼のおなかはいつまでもグーグーと鳴りやみません。


背中とおなかがくっついてそのうちぺしゃんこになってしまいそうでした。


ヤマネコは思いました。




「こんなにもおなかが空くことが続いたら、自分はどうにかなってしまいそうだ。


ひどい飢えは、心を歪ませる。


僕はどうにかして自身を見失う前に腹を満たさなければいけない」




そういって、ウサギや木の実をたべてみますが、やはりヤマネコはおなかが空いたままです。


ヤマネコは独り言をいい、考えを整理することにしました。




「だが、僕にはとても人間を食べることなんてできない。


そうならば、僕が食べることができるのはきっと芸術だけなんだろう。


…そうだ。僕はいままで一曲しか歌っていない。


ほかの歌を歌ってみようじゃないか」




早速試しましたが、ヤマネコは一つも最後まで歌えませんでした。


最初は威勢が良くても、途中からうやむやになって、結局最後にはしぼんでしまうのでした。


彼は今までほかの歌に見向きもしなかったからです。


ヤマネコは困りはてました。




こういう時は、とりあえず寝転ぶに限ります。


そしてその体勢のまま、思いつくままにギターをポロンポロンと弾きました。


ヤマネコは昔、乙女と川のほとりでこうやって寝転びながら語り合ったことを思い出していました。


彼女のことを思いながら、だんだんと音を紡ぎます。


慣れない指運びの中、少しずつ音がまとまっていき、やがて一つのメロディになりました。


そして、そのメロディはいつもの歌とは違いました。


なんとも爽やかで小川のせせらぎのような旋律です。


ヤマネコは今度は起き上がり、その歌を完成させようと夢中になりました。




そしてメロディができました。


今度は歌詞をつけなければなりません。


歌詞は彼女との出会いの思い出を、そのまま詩にしたものにしました。




こうしてヤマネコは一曲を作り上げました。


その一曲は、まるであの乙女へ宛てた小夜曲セレナーデのようでした。




ヤマネコは出来上がったばかりの歌を、試しに通して奏でました。


すると、どういうことでしょう。


ヤマネコはたちまちに心が満たされ、空腹を感じなくなっているではありませんか。


ヤマネコは飛び上がらんばかりに、嬉しい気持ちになりました。


それから、ヤマネコは少しずつ自分の歌を作るようにしたのです。




そしてしばらくの間、ヤマネコは空腹で悩まされることない日々を過ごすことができるようになりました。


歌を作ることもすっかり慣れたころ、ヤマネコはふと町に行こうと思いました。


彼はもともと人間が好きでした。


少しあいさつ程度でいいので会話をしたくなってきたのです。


彼は早速近くの町へ行くことにしました。




ヤマネコは少しでも清潔に見えるように、ぼさぼさの毛を櫛でとかし、洗濯した服とブーツを身に着けました。


もちろん、彼のギターも忘れていません。


ヤマネコは少し緊張しながらも、意気揚々と山を下りました。




ヤマネコが人前に姿を現すと、混乱が起こりました。


人々は驚き、泣き、叫び声をあげます。


武器を家から持ち出して、ヤマネコを追っ払おうとする人もいました。


ヤマネコは明らかに恐怖に包まれる雰囲気を不思議に思い、そして悲しくも思いました。




(ぼくが何をしたっていうのだろうか。


ぼくは本当は人間で、こんなにも人間らしくありたいと必死なのに。


こんなに空腹に耐え、人間であろうと努力してるのに)




そう辛くなり、涙がぽろぽろと彼の頬に落ちました。


こんなとき彼を慰めてくれるものは、自分の音楽しかありません。


ヤマネコは混乱のなか、踵を返し、歌いながら山へ帰ることにしました。


ヤマネコは自分で作った音楽を奏でます。


それは爽やかな音色ながら、どこか寂しげです。




音楽は心で聞くものです。


ヤマネコの悲しんでいた心は音楽で静まっていきました。


それは町の人も同じでした。


ヤマネコは気が付くと、背後にいる町の人々が「おーい、おーい」と呼んでいることに気が付きました。


ヤマネコが振り向くと、人々は口々に言いました。




「あなたの歌をもっと聞かせてくれませんか」




ヤマネコがそう言われたのは、本当に久しぶりでした。


しかも、以前とは違いたくさん聞かせたい歌があります。


ヤマネコは急いで町に戻り、たくさん自分の歌を歌いました。


ヤマネコはこの時、歌を積み重ねていて本当に良かったと思いました。




その夜、ヤマネコは町に泊まることにしました。


ヤマネコは久しぶりに、暖かい灯りのもとで夜を過ごすことができたのです。


 


ヤマネコがこの町に滞在して一か月の時間が経ちました。


町のみんなはすっかりヤマネコの姿に慣れっこになっていました。


歩いていても、気軽に挨拶してくれます。


こんなに気がいい人たちなのに、最初はなぜあんなに混乱していたのかヤマネコは不思議になりました。


そこで、親切な宿の女将さんに尋ねてみることにしました。


女将さんは、てきぱきと応えてくれました。




「ああ、あのときは本当に悪かったね。


実はこの国では、歌がついたとある紙芝居が流行っているんだ。


そして、その物語は架空の出来事ではない、と言われててね。


本当に起こったことを物語にして、王女様が『注意喚起』として流行らせているんだ。


なぜなら、その物語には人食いヤマネコが出てくるからね。


王女様はそういう獣に気を付けなさいとおっしゃっているそうだ。


その人食いヤマネコは、ちょうど君のような姿で描かれててね。


だから、多くの人は勘違いしてしまったんだよ。




けど君は人を食べないヤマネコみたいだから、本当に安心したよ。


ヤマネコにもいろいろいるのだね。


今思えば、本当に気の毒なことをしたね。悪かったよ」




ヤマネコはそういうことだったのかと合点がいきました。


そして女将さんはヤマネコに親切にしてくれているので、その上謝りもするなんて、ヤマネコはなんだか申し訳ない気持ちになりました。


そうやって伝えようかと口を開こうとしたとき、先に女将さんのほうが急に話し始めました。




「ところで、ヤマネコさん。


今朝早く訪ねてきたんだが、あなた宛ての客人がここに来たよ。


だけど、あなたは昨晩の演奏で疲れてたようだったから、後にしてもらうように伝えたんだ。


そしたら、隣の食堂に来るように伝えてほしいって言われたんだ。


今日一日そこにいるからって。




ヤマネコさんはすっかり人気者になってしまったようだね。


あのお客さんはきっと国の軍人さんだ。


きっと偉い人の使者で、歌の評判を確かめにきたんだろう。


私も隣に用事があるから、一緒にそこまで行こうじゃないか」




そういって女将さんはすぐ隣の食堂に案内してくれました。


食堂には確かに立派な軍服を着た男性が、一人立っていました。


ヤマネコを見ると男は一瞬驚きましたが、軍人らしくすぐに姿勢を正しました。


ヤマネコの姿に驚いた様子から、どうやらこの町の人ではないようです。




「軍人さんが、ぼくになんの御用でしょうか」




「吾輩は第二治安維持隊だ。


本日はこの町で評判になっている獣を、捕獲するように王女様から承った。


『歌うヤマネコ』はすぐに捕獲し、王都に連行させてもらう!


すぐに吾輩と王都に来てもらおうか」




女将さんもヤマネコもびっくり仰天です。


女将さんはヤマネコを連れてきた手前、軍人さんを諫めました。




「イヤイヤ、軍人さんやい。


このヤマネコさんはいい方です。


彼は歌は歌えど、ほかに害をなすことは一切致しません。


もうこの宿で1か月もいますが、彼からは血生臭い様子はまるでありませんでした。


一体なぜ、王女様は彼を連行するのでしょうか?」




「王女様は獣は嫌いだが、歌は好きだ。


おそらく一度直接見て、その目でこの獣の真価を確認したいのであろう。


逃げられるのは面倒だから拘束はさせてもらうが、抵抗しなければ乱暴はしない。


おとなしく従ってもらおう」




そういって彼が合図すると治安維持隊の軍人たちがわらわらと物陰から出てきました。


皆緊張した面持ちで、目は鋭く真剣です。


ヤマネコはとても逃げおおせるとは思えませんでした。


ヤマネコはおとなしく捕縛され、王都に連れて行かれました。

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