第6話 黒髪の美丈夫

 近頃の私は、情緒不安定です。

 守護竜様の姿を目にするたび、その気配を感じるだけで心が躍るようになってしまいました。かと思うとキュッと胸が締め付けられ苦しくなったり、ソワソワと落ち着かない気持ちになったり、甘い疼きに泣きたくなったり。


 守護竜様のことが好きなのだと、気付きました。


 あの、人の姿を持たぬ竜に、私は恋をしたのだと。


 そして守護竜様も、私を大切にしてくれています。

 だからこそ、とんでもないことをしている事実が、私の心に冷たい刃のように刺しこみます。

 守護竜様には、王国の姫と愛し合うことで得られる特別な力が必要なのです。

 それが身を保つのに必須のものであるなら、私が偽の姫を演じている間に守護竜様は衰弱してしまうかもしれません。

 私は、守護竜様の命を繋ぐために何か方法はないかと書庫で調べ物を始めました。




「これは……!」

 それはヴァリアナ王国と守護竜の関係が始まった、初代の姫君の書き残した日記でした。私はページをめくります。


『わたくしはどうしてしまったのでしょう。あの大きな目に見つめられると、胸が締め付けられるほど苦しいのです』


『瑠璃色の鱗の美しさは、例えようもありません。この世の最も美しい青い宝石よりもなお、あの鱗は輝いて見えるのです』


『守護竜様の大きな体に守られていると、わたくしはこの世で最も安全な場所にいるのだと、幸福感に涙さえ溢れます』


(分かります……)

 初代の姫君の書き残した内容に、私は幾度も頷きました。


『守護竜様はおっしゃいました。わたくしの手が触れると、体内に逆巻く様な熱がともると。【きっと王家の姫には竜に力を与える特別な能力があるのだろう】と守護竜様は笑っておいででした』


 その部分に目を通した瞬間、ビリッと胸に痛みが走りました。やはり守護竜様には、王女の力が必要だと思われます。

(私では、お役に立てない……)




 書庫で調べ物をし続けて三日ほど経ったある夜のこと。頭がクタクタに疲れていた私は、さっさと寝床へもぐりこみました。

 ふと窓に目を向けると、いつかの青いトカゲがこちらを見下ろしていました。

 初代の姫君の愛した瑠璃色の鱗を持った守護竜様とは、こんな色だったのでしょうか。

(そう言えばここ数日、グリフィンに会ってない……)

 明日は久々に空の散歩にお誘いしましょうか。そんなことを思いつつ瞼を閉じ、睡魔に身をゆだねようとした瞬間でした。


「キャアアッ!?」


 絹を裂くような悲鳴が聞こえてきました。

「ロクサーヌ様!?」

 またトカゲが出たのかと私は飛び起き、慌ててロクサーヌ様の寝室へ駆けつけます。そしてその光景に唖然となりました。

「これはどうしたことだ……」

 耳に届いた低い声。

 それはロクサーヌ様のベッドの側に立つ、見目麗しい男性の口から発せられました。


 背に流れる艶やかな黒髪、神話から抜け出してきたような整った顔立ち、広い背に長い手足。蒼銀色の虹彩。男性は私を振り返り、目を見開いています。

「エレナ、なぜ『花嫁の部屋』に侍女が寝ている?」

「……その声、グリフィンなのですか?」

「あぁ、そうだ」

 美丈夫は大股で私の元へとやってきます。

「そしてなぜ主であるお前が、『侍女の部屋』で寝ている?」

「そ、それは……」

 私はベッドの上で身を固くしているロクサーヌ様に目をやります。

「侍女の具合が悪かったものですから、柔らかい私のベッドに寝かせていました」

「……お前は優しすぎる」

 苦笑しながらも、黒髪の美丈夫は私を引き寄せ抱きしめました。そしてそのままくちづけをしようとします。

「ま、待ってください」

 私は彼を押しとどめました。

「ロクサ……侍女の前です」

「俺は気にしない」

「私がするのです。どうぞこちらへ」

私は黒髪の美丈夫の手を引き、自分が寝起きしている『侍女の部屋』へと招き入れました。


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