第5話 守護竜の役割
その日も私は守護竜様と遠出をし、おしゃべりを楽しみました。
ひやりとした肌寒さを感じて目を上げれば、陽は傾き、空は黄金色に染まりつつありました。
「そろそろ屋敷へ戻そう。乗れ、エレナ」
「はい」
私は慣れた足取りで、守護竜様が下げてくださった頭の上へよじ登ります。どの鱗のどの凹みに手や足を掛ければ登りやすいか、もうすっかり体が覚えてしまいました。
重い羽音と共に、体が浮かび上がるのを感じた時でした。足の下で、守護竜様がピクッと身を震わせたのを感じました。
「グリフィン?」
「……賊だ」
「えっ?」
「急ぐぞ、しっかり掴まっていろ、エレナ!」
私が角を掴む手に力を込めると同時に、守護竜様の体はいつもより速いスピードで滑空しました。
(賊?)
顔に当たる風の強さに、目が開けられません。ゴオォと言う風の音を耳にしながら、私は振り落とされぬようただ身を固くしていました。
やがてその速さに体が慣れたのでしょう。何とか薄目を開けてみれば、そこはもう国境付近でした。
(あっ!)
国を取り巻く森の一部が燃えています。そしてそこから逃げ去る人影が見えました。
「グリフィン、あれは……!」
「しゃべるな、舌を噛むぞ」
グリフィンは更にスピードを上げ、ぐんぐんと人影に追いつきます。闖入者は陽光を遮る大きな影に気付いて振り向き、ぎょっとした顔つきになりました。
「まずい、竜に気付かれた!」
「逃げろ!」
泡を食って逃げる男たちを、グリフィンは大きな爪で容赦なく殴りつけます。
「うわっ!?」
「ぎゃあっ!」
悲鳴を上げながら、男たちは国境の外へと吹っ飛ばされていきました。
「あの方々は大丈夫でしょうか?」
「知らん」
「でも怪我などされていたら」
「あれらは隣国からの侵入者だ。怪我を負ってようが死んでようが、知ったことじゃない。自業自得だ。それより」
守護竜様がぐいと首を巡らせると、炎に包まれる樹々が見えました。
「あっ」
「消してくる。ここで待っていろ」
守護竜様はやや強引に私を地面へ下ろすと、すぐに火事の現場へと向かって行きます。 燃えている樹々を体当たりで倒すと、それを踏みつけ鎮火する様子が見えました。
(熱くはないのかしら)
どれほどの時が経ったでしょうか。
「終わったぞ」
立ち上っているのが名残の煙だけとなった森を背景に、守護竜様が戻ってきました。
「大丈夫ですか?」
「当然だ」
駆け寄った私に、守護竜様は得意げに胸を張ります。けれど私は見つけてしまいました。
「怪我を……!」
足から赤い血がたらたらと流れています。恐らく樹木を蹴破り踏みつぶした際に、その裂け目が刺さったのでしょう。
そしてよくよく目を凝らせば、翼にも火傷を負っているようです。
「こんなもの、大した傷ではない」
「いいえ」
辺りを見回すと、見覚えのある薬草が目に入りました。私はそれを摘み取りました。
「エレナ、何をしている」
「今、薬草をご用意いたします。少々お待ちを」
「いらんと言っているだろう」
「いいえ、そこでおとなしく待っていてください!」
私は続けて複数の薬草をむしると湧き水でさっと汚れを洗い流し、石ですりつぶしました。
出来たものを、傷ついている足や翼に丁寧に塗りこめます。
「ドレスが草の汁だらけではないか」
「今はドレスよりグリフィンの怪我の方が大事です」
「……」
ようやく納得したのか、グリフィンは私が薬草を塗りやすいよう、身をかがめてくれました。
「手慣れているのだな」
「はい。家でハーブを育てていましたので」
「家? 城ではないのか?」
「あっ、し、城です! お城です! お城に私のハーブ園があったのです!」
実家があまり裕福でなく、高価な薬が買えなかったため、自分で育てたハーブで対処していたなんて言えません。
「それにしても無茶ですよ。炎の中に飛び込んでいくなんて」
「ヴァリアナ王国を守ること、それが守護竜たる俺に課せられた役目だ。悠長にしていては、人の住む場所まで炎が燃え広がっていただろう」
「それは、そうなのでしょうけど……」
「守りたかったのだ、エレナ、お前の国を」
「え……」
「この国は、お前の国だ。だから、出来るだけ美しさを損ないたくなかった。お前のために」
優しく低い声に、胸の奥がキュッと締め付けられます。あぁ、私は守護竜様に大切にされているのだ、と感じました。
「だからと言って、グリフィンが傷つくのは私も嫌です」
塗りこんだ薬草の効果か、出血が止まったのを見て少しだけほっとします。
「せめてこうして、手当だけはさせてくださいね。おかしな意地を張らずに」
「……あぁ、分かった」
守護竜様は満足気に目を閉じ、気持ちよさそうに鼻を鳴らします。
「エレナ、お前の手が触れるたび、熱のような力が体中を巡る」
守護竜様の固い唇が私に迫り、頬に触れます。やはりその力は強く、しゃがんでいた私は押されて尻もちをついてしまいました。
私の様子を見て、守護竜様は少し寂しげな声を漏らされました。
「あぁ、この体では、お前に愛を示すことすらままならぬのか……」
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