第4話 守護竜様と過ごす時間

 やがて守護竜様は、一つの山の頂上へと降り立ちました。


「見ろ」

 守護竜様の示す先には、雪のように真っ白な花が咲いていました。

「まぁ、綺麗……!」

 私がため息をつくと、守護竜様は私をその花の近くまで運び、下ろしてくれました。

「持って行け」

「え?」

「あんな狭い場所に閉じ込められていては気が滅入る。この花を部屋に飾れば、この光景を思い出すだろう」

「守護竜様……」

 私はその場に膝をつき、両手の指を組みました。

「ありがとうございます。私、嬉しいです」

「……」

「細やかなお気遣い、感謝いたします!」

「そう言うのはいい」

 守護竜様は面倒くさそうに私から目を逸らします。

「花が欲しければ、さっさと取れ。俺の知る最も美しい花だ」


 私は促され、花の前に駆け寄りました。

 花弁の中央では、透明な蜜がきらめいています。

 白く見えた花弁は半透明で、光の加減でうっすらと虹色に輝いています。

「守護竜様の鱗みたいですね」

「何を言っている。色の違いがお前には分からんのか」

 不機嫌そうな物言いでしたが、私の耳に守護竜様の声は少し優しく聞こえました。



 花を手に入れ屋敷へ戻ると、ロクサーヌ様が部屋から飛び出してきました。

「ロクサーヌ様、こちらは守護竜様が教えてくださった、山の上の綺麗な花で……」

「そんなものはどうだっていいわ!」

 ロクサーヌ様は私の手から花を叩き落としました。

「あっ、花が……」

「聞きなさい、エレナ。わたくし、ここの宝物庫を見つけたの」

 ロクサーヌ様は頬を上気させ、興奮しきった様子で目をギラギラさせています。

「素晴らしい光景だったわ! 金銀宝石が山と積まれ、歴史的価値のありそうな美術品もたくさん放り込まれていたのよ! あんなの、お城でも見たことないわ! うふふ。あの部屋を眺めているだけで、一日があっという間に過ぎてしまったわ」

 ロクサーヌ様は久しぶりにとても楽しそうにされています。

「良かったですね」

 私が床に落ちた花を拾い上げ、花瓶に生けている間も、ロクサーヌ様はその日見た財宝の素晴らしさを語り続けていました。



 その日を境に、私は守護竜様に連れられて、たびたび空のお散歩をするようになりました。

「くく……」

 飛行しながら、守護竜様が喉の奥で笑います。

「我が花嫁はすっかり慣れたようだな、空を飛ぶことに。初めての時はあんなに怯えていたが」

「いえ、まだ怖いです。角を掴んでいないと、向かい風に吹き飛ばされてしまいそうで。でも……」

「でも?」

「守護竜様の見ている世界を今、私も目にしているのだと思うと、心が躍ります」

「そうか」



 守護竜様はふわりと山の頂へ降り立ちます。

「お前、名前はなんだ」

「え? あの、エレナです」

 言ってしまってヒヤリとしました。

 私は今、王女の役をしています。

『ロクサーヌ』と名乗るべきだったのではないかと焦りました。

 

 しかし、守護竜様は全く気に留める様子はありませんでした。

「そうか。エレナか」

「は、はい」

「ならば、エレナ。これからは俺のことをグリフィンと呼べ」

「グリフィン様……、それが守護竜様のお名前なのですね」

「『様』は要らん。グリフィンだ」

「ですが、守護竜様を呼び捨てにするなど畏れ多くて」

「呼ばねばこのまま、ここへお前を置き去りにするぞ」

「えっ、それは困ります。で、では……」

 私は一つ深呼吸して、思い切ってその名を口にしました」

「グリフィン……?」

「あぁ、いい」

 守護竜様は満足気に頷くと、鱗で覆われた固い口を私の頬へと押し当てました。

「お前の声で呼ばれる俺の名は、この世の全ての音の中で最も心地よい」

(今のは、キスでしょうか……)

 私は口を当てられた頬へそっと指先で触れます。あまりに大きな口である上、押す力が強いため、足元がよろけてしまいましたが。

 意識した途端、とくんとくんと胸の奥がリズムを刻み始めます。ふわりと温かなものが湧きあがってくるのを感じました。

「グリフィン……」

 私がもう一度名を呼ぶと、守護竜様は目を細め、柔らかに微笑みました。



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