第2話
まぶしいくらい照明があるエントランスからエレベーターに乗って十三階を押した。十三階になんか住んでいたら毎日面倒ではないか、と考えるが羨ましいという気持ちはそれで誤魔化すことはできなかった。
インターフォンを鳴らしてしばらく経つと大原の声が聞こえた。
「崎山、おせえよー」
「すまんすまん」
大原は両手を胸の前に上げ、赤い手袋をはめていた。
「なんで家の中でそんなのしてんだよ」
「橋本が俺の結婚指輪飲み込んじまってよ。お前が来るまでずっと探してたんだよ」
気だるそうに語尾を伸ばす口ぶりは昔と変わらないが、どこか目線が散らばっているように感じた。それに微妙に会話が成り立っていない。崎山は大原の後ろを見ると通路の奥の部屋に橋本が寝転んでいるのが見えた。もうすでに酔っぱらって寝てしまったのだろうか。
玄関に上がり靴を脱いで通路に立つと異様な臭いがした。頭の中に何かが思い浮かぶ。子どもの頃、公園の柵によじ登ったあとに手に付いた臭いと同じだった。それは錆びた鉄だった。
「橋本。遅くなってすまん」
崎山が言いながら部屋に向かって橋本を捉えた瞬間、絶叫して足の力が抜けた。橋本の腹が縦に大きく割かれており、大量の血が橋本を染めていた。
「どこにあんのかわかんねえんだよ」
背後から大原の声がし、「ひっ」と声が漏れながら這いつくばって大原と距離を取った。大原は気に留めることなく、横たわる橋本のそばにしゃがみこみ、腹の中に手を突っ込んだ。
咀嚼音のような粘っこい音が部屋に響き渡っている。大原は橋本の腹から内臓らしきものを掴んで包丁で切り、中身を確認している。
「なぜか胃になかったんだよ。普通飲み込んだら胃に来るはずだよな。もしかしてこいつ異常に消化が速くてもう腸まで到達してんのかな」
大原は赤黒く長いものを引きずり出して等間隔の長さで切って中に手を突っ込むことを繰り返した。時おりこめかみの汗も拭っていた。
「お前も見てるだけじゃなくて手伝ってくれよ」
大原は片方の口の端だけを上げながら崎山に言った。崎山は声が出ず、ただ首を横に振るだけだった。
崎山の手のひらは汗が染み出ていて床と貼りついていた。ゆっくりと剥がすと音がするが、大原が崎山を振り向く気配がなかった。両手を床から剥がし、力が戻ってきた脚で床に跪いた拍子に何かを蹴った。円状のものは大原に転がっていき、足元に音を出しながら止まった。
「あ、指輪あった」
大原は真っ赤になった手のまま指輪をはめてしばらく見つめていた。崎山が立ち上がると、大原は呼び止めた。
「お前が隠してたの?」
「いや違う。ここにあったんだ。隠すわけがない」
「お前まで俺が結婚するのが嫌なわけ?」
「そんなこと言ってない!」
「お前と橋本は親友だと思ってた。思ってた思ってた思ってた思ってたおもってたのによおおおおおおおお!」
大原は包丁を掴み大きな足音を立てて崎山に向かってきた。崎山は絶叫しながら玄関に向かった途端、足を滑らせてこけてしまった。橋本の乾いていない血を踏んでしまったようだ。
崎山はふくらはぎが激痛を覚えた。まるで脚に心臓があるような鼓動を感じる。見ると包丁が垂直にふくらはぎに刺さっていた。
「やめてくれ頼むやめてくれ」
「親友だったあの頃に戻ろうぜ崎山」
大山はうつ伏せに倒れた崎山を仰向けに転がして両手で首を強く締め始めた。息ができず横を向くと同じように仰向けになった血まみれの橋本が見えた。心なしか、「ぐぐ」とわずかに息をして内臓が乗って切り裂かれた腹が揺れた気がした。
隠したの、お前? 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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