隠したの、お前?
佐々井 サイジ
第1話
電車の揺れで、自分がいつの間にか眠っていたことに気づいた。スマートフォンのホーム画面の左端には時刻が表示されているが、目を細めても輪郭がぼやけていて何時か読み取れない。最近目の疲れも相まって視界がぼやけることが多くなった。視力の良さだけが取り柄だったのに、それさえもダメになるのかと崎山はため息をついた。
まばたきを何度かして時刻を確認すると、もうとっくに指定された時間を過ぎていた。大学時代からの友人である大原が結婚するということで、毎日のように遊んでいた橋本との三人で祝おうということになった。ところが電車が人身事故を起こして、大幅に遅れてしまった。
崎山が企画し、最初はどこかの居酒屋の個室でも借りて祝おうと提案したが、大原がうちに来いよということで、大原の自宅が集合場所になった。彼女と同棲はしていないというものの、頻繁に出入りしているところにお邪魔するというのは気が引ける気がしたが、橋本はすぐに賛成した。
今思えば駅から近い居酒屋にしておけばよかった。そうすれば人身事故に遭遇しても大した遅刻にはならなかったのに。大野と橋本の所属するグループチャットに遅れることとおおよその到着時間を送ったが二人からは返信がない。待ちわびて先に祝杯でも挙げているのだろうか。
タクシーで住所を告げると、淡々とした口ぶりで運転を開始した。数分が過ぎても運転手はずっと前を見ているだけで、話しかけられる気配はない。崎山にとっては好都合だった。あまり知らない人と会話することは好きではない。スマートフォンを確認したが、まだ二人から返事が来ていなかった。送信したメッセージの確認すらしていないようだった。
目的地より少し前に降ろしてもらった。芸能人の家でもあるまいし、別にそんなに気を遣う必要もない気がしたが、以前、大原は棲んでいる家賃のことを話していた。月に二十万払っているらしく、高いと愚痴を吐いていたが、崎山にはそれが自慢にしか聞こえなかった。
大原は大学を卒業後、大手の商社に就職し、同期の中でも出世が早かったらしい。大学時代もゼミのプレゼン大会で優勝していたし、優秀な人間であることには間違いなかった。かといって嫌味なものもなく、自慢げに聞こえるのは自分が大原に対して屈折した思いを抱いているからだと言い聞かせた。自分の湾曲した思いのせいで数少ない友人を減らしたくない。
大原と違い崎山は就職活動が難航した。見知った人しかうまく話せない性格は就職活動では重い足かせとなった。大原には面接のコツを何度も教えてもらったが、そもそも緊張してうまく言葉が出ない。
暗闇の中、大原にマンションが見えてきた。二十階建てで家賃が二十万円以上もするタワーマンション。崎山には無縁のタワマンだと思っていたがまさかこうやって来るとは思わなかった。
『大原のマンションの前まで来た』
グループチャットにメッセージを送ると、今度はすぐに確認されたマークがつき。大原から中に入って部屋の前まで来るようにと指示があった。
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