第2話 これからも

 お風呂と夕飯を済ませた俺とハルは、再び俺の家に集まっていた。家が隣という事もあってハルは部屋着でやってくるため、俺としては目のやり場に困る。


「あぁ~世の中って何でこんなに大変なんだろうぅぅ……。テンションが上がらないぜ全く。主人公とかが苦悩しているシーンはそんなにいらないっての」


 ハルはリビングにある机にもたれかかりながら、明日提出しなければならない課題に何やら恨み事を言っていた。ハルは真面目なキャラでハルのお父さんも厳しいため、課題をサボる事はできないみたいだ。


「てか、余裕そうなユウは何なのさ」


「俺か? 明日は席順的にも絶対当たらないだろうし、授業中に普通に終わらせたりもするからな」


「効率的に生きる世渡り上手なキャラじゃん。やらしぃねぇ」


「でも結局は宿題も自分のためなわけだし、他人の目線を気にしながらも真面目にやっているハルは本当に尊敬するよ」


「本当に勉強って何なんだろ。私が課題に費やした時間で何冊の本が読めて、何話分のアニメが見れて、何回ソシャゲのイベントが周回できるんだろ」


 何やら悟りを開きかけていたハルだったが、『完璧女子』の称号は伊達ではなかった。俺が少し苦労した問題もハルはスラスラと解いていき、30分ぐらいで明日提出の課題を終わらせた。

 俺はあんまり好きじゃない古典と、優しいおじちゃん先生の日本史の授業の暇な時間を生贄いけにえに捧げたってのに。まぁ授業は授業だから、暇ではないんだけどね?


「さーさーユウもテンション上げてこー! 夜の時間はこれだからぜベイベー!」


「明日も学校があるから、そんな遅くまでは無理だぞ。またどうぞ週末にご期待ください」


「いや~学校ってほんとに面倒だねぇ。というか世の中が面倒な事だらけだねぇ。もう無理だねぇ」


「本当に学校で見るハルと同一人物だよな? ドッペルゲンガーじゃないよな?」


「ふっ……それはお互いが観測するまでは分からないぜ。どちらが一体、本当の私なのか。どちらの可能性も箱を開けるまではあるのだよワトソン君」


「誰が助手だ誰が。それにシュレディンガーの猫みたいな話やめろ」


 ここでちなみにの話を一つ。

 少し前までハルは俺の家にめちゃくちゃ入り浸っていた。今も入り浸ってるじゃん……という話もあるが、まぁそれ以上に入り浸っていた。

 

 お風呂もご飯も俺の家で食べたり、普通に泊まったり、平日でも夜遅くまで話していたり……。それを流石に見かねたハルのお母さんが、お父さんを話題に出しながらハルをビビらせて、今のこんな感じの状況に至るのだ。

 

 だからこそある程度自由になる週末は、俺とハルにとっても特に大切で楽しみな時間である。


「まぁ、ハルが色々と思ったりする気持ちもめちゃくちゃ分かるけどな。それはゆっくりと大人になっていく中で変化していけばいいし、今もめちゃくちゃ楽しいから」


「それはそ~だけどぉ~! 最近のトレンドじゃないんだから~っ! 鬱展開が多い最近のアニメじゃないんだからぁ~っ! 最近のアニメは推しを作ると痛い目見るんだからぁ~っ!」」


「まぁ……それは時代の流れというか何というかだよな。好きなキャラが2週連続でサヨナラバイバイした時は流石に心に来たなぁ。ただこういった作品も面白いし、話としては美しいと思うけどね」


「今日はユウがめちゃくちゃ正論言ってて主人公ムーブしててつまんない~っ! ユウがバラエティに影響されて昔書いてた漫才より面白くない~っ!」


「黒歴史をほじくり返すな。ほら、ハルも元気出して。プリンでも食べるか?」


「食べるっ!」


 本当に現金なやつだな全く……。俺と同じでハルも甘いものが好きだから、プリンは効果抜群だ。


 ハルは俺が冷蔵庫から出したプリンをさっと奪うような形でとって、先に一人で食べ始める。

 俺はそんなハルの様子に笑いつつ、ハルの真正面に座って俺もプリンを食べ始める。これも仲が良いカップルの楽しい日常のワンシーン……のように思えるが、俺はふとある事を思い出す。


「そういやさ。今日もハルにプリンという甘いものというかデザートをあげたけど、アニメウエハースの件忘れてたわ」


 何だかんだで曖昧になっていたけど、楽しみにとっておいたウエハースをハルに食べられていたんだった。


 俺もめちゃくちゃ細かく言うつもりはないし、恋人のハルのためなら……と思うほどには彼女バカだが、ここのところはずっとハルに食べられている気がする。流石に見逃せないですねぇ。


 アニメウエハースの件にその前はアニメを見る時用にとっておいたアイス、それに俺の秘密のお菓子基地からポテトチップスとグミが消えている。


「そ、そういえば今年の漫才大会は誰が優勝すると思う?」


 ハルは痛い所を突かれたのか、少し焦りながら露骨に話題を変えてきた。何回かその話題を変える手にやられた俺だが、今回は通用しないぜ!


「それはまた次の週末にでも朝まで話そうか。で、ウエハースだけならまだしもアイスにポテトチップスにグミの件もあるんですが、その件についてはどうお考えですか?」


「き、記憶にございませんっ! 私は知らない! 知らないぞ!」


 ハルは少しうろたえながらも、今日の朝のニュースで見た政治家のような事を言って逃げようとする。


「ハルが俺のお菓子の隠しどころを突き止めているのは知ってるぞっ! もう言い逃れはさせないからな!」


「くっ、脳内でミステリーアニメでいつも流れる勝ち確定のメロディーが聞こえてきやがった。 私もここまでか……。せっかく積み本が乱雑に置かれているところから、宝を見つけ出したっていうのにっ!」


「ハルもまだまだだな。確かに積み本で隠しはしていたが、俺はちゃんと楽しめるように読む順番を決めていつも精密に並べていた。ただの積み本だと思って油断していたハルの姿は、さぞ滑稽だったぜ」


 俺がそう言ってハルに指を差すと、ハルはまた机にうなだれながら自分の罪を認めた。

 その後は俺とハルによる話し合いが行われ、今度のデートプランはハルが考える事とジュースを1本俺に奢るという案が可決された。


 ハルはしてやられたな……という表情をした後にうめき声のような異音を出していたが、何か決意を固めようで俺の顔を真っ直ぐと見る。


「次はユウに絶対にバレないように完璧に行動してみせるぜ。私の目が鋭いうちは隠し事はさせないもんね。へそくりやエチチな本を見つけ出してユウが恥ずかしがってるとこ、絶対に見るもん」


「主人公のような立ち振る舞いから、犯罪予告と謎過ぎる行動原理を言ってくれてありがとう」


 浮気とか全くするつもりはないが、何かと察しは良くて怒ると怖いハルには注意をしておこう。

 よかった全てデジタル派で。最近のテクノロジー万歳。



 とまぁ、こんな感じで他愛もないような話をダラダラとしていると、いつの間にか時間が経っている……というのがこれまたいつものお決まりのパターンなんですよね。

 今日もハルは時計を見て少し焦りながらも、テレビのリモコンを素早く操作して画面がバラエティー番組から俺たちがよく利用している配信サイトへと変わる。


 ここ数年で感染症の流行やさらなるデジタル化などもあってか、配信サービスは広く普及して充実したものになったと思う。


 レンタルビデオ店に通う日々、録画する時の容量との戦い、あまりにも深夜過ぎての眠気との戦い……それを全て解決してどこでも気軽に見れるようになったという配信サービスは、オタクの心強い味方である。

 やはり世界はオタクを中心に回っているのかもしれない。ガリレオガリレイもびっくりしちゃうなこれ。


「今からだと見れるのは3話ぐらいかなぁ。ユウは何か見たいのある?」


 ハルはソファーにポンッと勢いよく座った後、手に持っているリモコンを色々と動かして遊びながら俺に話しかけてくる。

 これもまたいつもの日常で、俺たちは毎日どこかの時間帯で何かのアニメを見る。そして学校で色々と話せない分、俺がハルの話し相手になるという流れだ。


 アニメの感想や好きなキャラ、見たアニメの原作の話なんかをしたり、今期の覇権はこのアニメだろみたいな論争をする。皆も一回は何か話したことあるよね?


「うーん見たいアニメが結構溜まってるからやばいなぁ。話数が多いアニメの時や暇なときほどあんまり見る気が起きないのに、忙しい時とか見始めると止まらなくなる現象に困る」


「わかるぅ~! それにその日によって見たいジャンルのアニメとかも違うから、それも結構大変なんだよね。アニメってもう食事なのでは? 生活にかかせないものなのでは?」


「いやそれ間違いない」


「今日はお風呂にする? それともご飯にする? それともグロアニメにする? ドロドロした恋愛もののアニメもあるよ」


「えっと……その場合はまずお風呂をチョイスさせてもらうわ。別に見たくないわけではないけど、ご飯食べる前には見たくねぇぜ」


「そうねぇ。じゃあ最近は夏アニメの時期だから、夏アニメを見ながら食べましょうか」


「アニメを旬の食べ物のように扱うな」


 ハルは俺のツッコミにゲラゲラと笑いながら、『何を見ようかな~』と呟いてリモコンを操作し、今日見るアニメの品定めをする。

 昨日一作品アニメを見終わって、明日も学校があって一気見できるような状況でもないため、ハルは何を見るか決めかねている様子だった。


 しかしそんなに長く作品を選ぶ時間はないと判断して、ハルは『よし決めた』と呟いて俺の方を向いて提案してくる。


「ラブサンドウィッチフォーメーションか、スウィートラブラブフォーメーション、ガチガチポピュラーフォーメーションのどれがいい?」


「何それ新しいRPGゲームの呪文か詠唱?」

 

「えーとね。ラブサンドがラブコメ、ファンタジー、ラブコメの三作品。スウィートは同じラブコメ作品を三話分一気見。ガチガチはまぁ、今期のアニメで評判高くてまだ見ていない作品の一話を三作品見る感じかな。最初に見た作品の一話が面白ければ、三話分見ても良し」


「じ、じゃあガチガチポピュラーフォーメーションでお願いします」


「はい毎度ありぃ」


「何か既視感あると思ったら、ハルに連れられてよく行くカフェやおしゃれなレストランで困惑する俺だった件について」


 だって、ハルがカフェで何かトッピングとかめちゃくちゃ追加してる時とか、おしゃれなレストランのメニュー表とかカタカナ言葉だらけで分からないんだもん。説明とかされるとそのまま流されちゃうんだもん。俺の脳はアニメでいっぱいいっぱいなんだもん。


 ハルはその俺の言葉を聞いて確かにという表情をした後、自分が座っているソファーの右隣の場所をポンポンと叩く。


 今からアニメを見るからここに座れ、といういつもの合図のようなものだ。


 ハルのお望み通りに俺がハルの右隣に座ると、満足したのかフフンと笑ってニコニコしながら俺の顔を見てくる。


 いつもの事だろうに、と俺もそう思いながらハルの顔を見ると、何だか俺も少しおかくしくなってきて笑ってしまう。


「彼女の顔見て笑うなんて彼氏として減点じゃないのっ?」


 ハルは急に笑い出した俺を少し怪しみながらも、優しい口調で軽いツッコミを入れてくる。


「いや……ハルとまた仲良くなってさ、それで恋人関係にもなって。そして今日のような生活がずっと続いているわけじゃん? それなのにずっと楽しい気持ちでいれているのが何だかおかしくなって……めちゃくちゃ幸せなんだなって」


「幸せってさ、昔は何か壮大なものみたいに思ってたけど、意外と身近なところにいっぱい隠れてるのかもね」


「そうだな。それでいて当たり前すぎるけど……めちゃくちゃ楽しいし、いつもハルがいる事で俺も色々と頑張る事が出来ると思う。改めてになるけど、いつもありがとな」


「急になになにっ? でも私もユウに色々と支えてもらったりもしてるし、お互い様かな。これからも二人で頑張っていくもんね」


 ハルはそう言いながら隣に座っている俺の手をそっと握った後、もう片方の手でリモコンを操作してアニメを再生する。

 最初に見るのはラブコメで話数を重ねる事に評価がグングンと上昇していて、今期の覇権アニメ候補と言われている作品だ。


 と、ここで俺はまたある事に気づいてつい声が漏れてしまう。


「いや結局どのコース選んでもラブコメやん」


 そんな俺の漏れた声を聞いて、ハルはニヤリと笑って少し自身ありげに俺に話してくる。


「いいでしょラブコメ。特に今日のこの空気には……ピッタリじゃん」


「……そうだな。ハルの言う通りだ」


「そういやラブコメってさ。主人公がヒロインと結ばれたりするのが大体はエンディングじゃん? その後ってずっと幸せに仲良く過ごしてるのかな?」


「きっと幸せに暮らしてるだろ。色々な困難がある人生に、少しぐらい幸せがあったって神様も見逃してくれるさ」


「それもそっか」


 きっと俺たちは今後も色々な困難に悩まされながらも、それを乗り越えてこんな風に一日一日を楽しく過ごしていることだろう。


 一日は人生にとってとても些細な事かもしれないが、俺たちにとってはとても大切で、楽しくて、尊いものだ。



――人生は一回きりなんだ。楽しまなきゃ損だろっ?


 



 

 

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君と僕の隠れた楽しい日常生活 向井 夢士(むかい ゆめと) @takushi710

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