君と僕の隠れた楽しい日常生活

向井 夢士(むかい ゆめと)

第1話 完璧美少女は実は……

「三木さんって二次元から飛び出してきたみたいというか、本当に完璧で最強の美少女だよなぁ」


 俺こと、高校2年生の高松たかまつ雄次ゆうじはそんなアニメ好きの友達の話を聞き流しながら、ポチポチとスマホを操作していた。


 別に友達が嫌いなわけではない。この話は耳にたこが出来るぐらい聞いたし、ソシャゲのイベントを周回する方がよっぽど有意義だと思ったからだ。


「雄次って本当に恋愛面とか興味ないよなぁ。三木さんという美少女が同じクラスにいるってのに」


 先程から友達が口にしている『三木さん』というのは、同じクラスにいる三木みき遥香はるかさんの事だ。


 クリっとした可愛い目に整った鼻、そして清潔感のある口元にスラっとしていてスタイルも抜群……まさしく『完璧美少女』と言える。


 更には勉強や運動もでき、人当たりもいい事から性格もいいときた。非の打ち所がない事から、男子からだけでなく女子からも憧れの存在とされている。


「俺はそーいう恋愛とかはなんだよ」


「ま、雄次はラブコメ大好きだし二次元で十分か。それに三木さんみたいな完璧なヒロインじゃなく、人間らしい負けヒロインとかの方が雄次は好きだもんな」


「お、おい。余計な事を言うな!」


 俺がそうツッコミを入れたタイミングでチャイムが鳴り、先生も教室に入ってきた事で楽しい休み時間から重苦しい授業の空気になる。


 それにしてもあいつ、最後の最後に余計な事を言いやがって……。色々と面倒くさい事になりそうな現実から目を背け、ひとまず俺は教科書を見て授業に集中する事に決めた。


 先ほどからある一人から気持ちのこもった視線をずっと感じているのだが……今のところはとりあえず無視しておこう。



 ◇◇◇


 授業も終わって放課後。

 俺は友達と今流行っているアニメや漫画について色々と話した後、本屋で少し寄り道をして日が暮れ始めた頃に自宅に帰った。


 普段は放課後になるとすぐに下校したりもするが、今日ばかりは少し面倒くさい事になりだし……。たまには寄り道もしたくなるものだ。


「ただいま帰りましたよっと」


 俺の家は母子家庭で母も働き詰めのため、夜遅くに帰ってくることがほとんどだ。帰ってこない時もたまにあるぐらい忙しい。

 

 という事はほぼ一人暮らしのようなもので、俺以外に人はいないはず……なのだが、玄関には一足のローファーがポツンとあった。学校指定のもので俺もよく見慣れたローファーだ。


「お〜そ〜い〜よユウぅぅぅ〜! アニメ3話も見ちゃったよ!?」


「実に有意義な時間を過ごしてるじゃねぇか」


「分かってないなぁ。ユウがいたらもっと楽しかったのに〜って意味だよ?」


「それはまぁ……悪かったよハル」


 俺が靴を脱いで玄関を開くと、ある1人の女の子が俺に抱き着きながら、捨てられた子犬のような目で俺を見る。


 俺が『ハル』と呼び、俺の事を『ユウ』と呼ぶ1人の女の子。


 危険な人物や幽霊などではなく、俺の家の隣に住んでいて俺の彼女でもある1人の女の子……その女の子は何を隠そう、俺たちの通っている学校のヒロインである三木みき 遥香はるかだ。

 同姓同名の他人なんかじゃない。『完璧美少女』と言われて皆の憧れの的であって同じクラスの、あの三木みき遥香はるかだ。


 なぜそんな美少女と俺が恋人関係なのか。その話をするには、色々と過去を振り返らなければならない。


 元々家が近かった俺と三木さんことハルは、小さい頃から一緒に遊んでいた仲だった。

 しかし小学生高学年の頃にもなると、女子を気にするようになって関係は疎遠に。俺としても他の人から揶揄われたくない気持ちがあった。


 中学生になった時だっただろうか。成長したハルは少し大人っぽくもなって、多くの男子からモテるようになった。俺はそんなハルを気にしつつも、どこか話せないでいた日々が続いていた。


 そして中学2年生になって、俺とハルはたまたま同じクラスになった。

 俺も友達は一定数いたし、ハルはすっかり人気者になっているので話す機会はどうせないだろうなと思っていた。


 しかしハルは疎遠になっていた事も関係ないといった様子で、俺に話しかけてきたんだ。


『ユウも同じクラスでよかったぁ。最近は会う事も少なくなってたから』


『少なくなった……って俺と話していいのかよ。俺以外にもお前には友達がたくさんいるだろ』


『分かってないなぁ。ハルは特別な人だもん。私はずっと話したかったよ』



 そこから俺とハルはまた話すようになっていった。

 俺はハルみたいにクラスの人気者ではなかったのだが……そこら辺の問題はクラスの人気者であったハルが上手く立ち回ってくれた。


 そして俺をかなり信頼してくれたのか、ハルは俺に色々と相談事や悩みを俺に話すようになった。

 どうすればクラスがもっと良くなるのか、理想の姿を求められて演じるのが辛い、本音を飲み込む時が大変などなど……。


 そんな辛そうにしているハルを、俺は放っておく事がどうしてもできなかった。かといって、俺にハルのような空気を変える力は持っていない。


 だから俺はハルに自分の気持ちを率直に伝える事にした。何があろうと俺はハルの味方だと言っておきたかったのかもしれない。


『まぁでも……なんだ。俺で良かったらいくらでも話は聞くし、素の自分を出していいから。ハルの気持ちもよく分かるし、俺も力になりたいからさ』


『ユウ……ありがとっ!』



 そこからまた仲は親密になり、ほどなくして恋人関係に。

 ただ環境が変化することや、その環境が変化したことで問題を起こしたくないという俺たち二人の気持ちがあって、高校生になった今もこうして隠れた関係となっている。



「今日はユウと学校で全然喋れなかったなぁ。友達と話して、日直の仕事をして、告白をまた受けて……。私にはユウがいるもんねって言ってやりたいよ」


「そういや今日も告白されてたな。サッカー部の上松うえまつだったか? かなり運動も出来てイケメンだよなアイツ」


「でも笑顔が嘘くさいし、前にオタクを馬鹿にしてたから私は絶対に無理。オタク最高! オタク最高!」


上松うえまつに限らず他の生徒がこのハルの様子を見たら、泡吹いて倒れるだろうな」


「いいじゃんそれ。めちゃくちゃ見たい。無様にヒーローとかに負ける怪獣みたいで絶対面白いよ」



 学校でのハルは大人しいというか大人びているというか……どこかお嬢様のような優等生を演じている。

 それもハルも一部分といえるのだが、実際のハルはお嬢様キャラなどではなく、ただの一人のオタクなのである。しかも結構ガチガチである。


 元々俺もハルもオタク気質であったのだが、中学で再び仲良くなってハルが俺の家に入り浸るようになってから、更に俺たちのオタク度は進行した。


 好きな漫画やアニメを布教したり、感想を言い合いながら作品を語ったりはしていたのだが……そうしている内にお互いの事を知り尽くしてしまったのだ。好きなキャラや好きなジャンルなどもいつの間にか分かるようになっていた。


 さらに付き合い始めて自分の趣味など他の事も色々と話すようになったのもあって、ハルはかなり俺に影響されたと思う。

 お笑いや野球は俺が好きと言ったからと理由で俺と一緒に見たりして、今ではハルの方が知識があるんじゃないかと思うほどにまでハルは知識を深めた。


 俺はどこぞのハゲた宣教師か何かだろうかと思うほどに布教力があるのではないか。


 いや、オタクって熱量が物凄いから全員布教力が高いのかな。俺もハルに影響されてドラマや少女漫画を読むようになったしな……。人の事は言えないか。


「それにしても今日は遅い~っ! いつもの私の至福の時間が少なくなっちゃうでしょ~!」


「それについてはマジで謝らせていただきます」


「もしかして私は負けヒロインじゃないからなのかなぁ?」


「……やっぱり聞こえてのねそれ。いや、それはその、アニメの話でね?」


「どうせ私にまた怯えてたんでしょ。彼女たるもの、ユウが負けヒロイン好きなのは知ってますとも。納得はしてないけどね?」



 ハルは時々ニヤニヤして楽しそうにしながら、俺を攻撃するように問い詰めてくる。

 だからな事になるって言ったじゃん……ってまぁ俺の友達にはこの事は隠しているし言ってないから俺の責任なんだけど。色々と多方面にすいませんでしたぁっ!


「まぁまぁ。最近は私も大人になったと言いますか、強キャラ感を出していこうと思いまして。こうしてふふんと何でもないように構えておくとあら不思議! 強い力を隠しているような強キャラの出来上がり!」


「そういう奴って、たいてい主人公とかの覚醒でやられがち」


「何か言ったかおらぁっ!?」


「いやいいよねそのキャラ。大人の余裕があって魅力的な女性になっていると思うよ」


「うむ、今日のところはよろしい」



 俺とハルは部活にも入っていないので、放課後はこうして俺の家で二人でダラダラと話しながら、何やかんやで楽しく過ごしている。いつの間にか当たり前の日常になってしまった。

 ハルも学校では猫を被っていて俺ともあまり話せないので、お互いに寂しさを埋めようとした結果が今の日常に繋がっているのかもしれない。


「というかハル。何のアニメを観てたんだ?」


「えーとね、最近アニメが好調な"俺の周りにはヒロインが多すぎて、俺はもう崩壊しそうです"ってやつ。ヒロイン多いラブコメ面白いよねぇ。ユウを置いて、私は前へ前へ進んでいくのだぁっ! 全軍前進~! 突撃突撃~!」


「ふっ、甘いぜハル。お前が好きなコンビニのロールケーキ、ちょっと前に俺のお母さんがお土産で買ってきてくれたお高めのプリン、そして食べようと思って楽しみにしていたのになくなっていた俺のアニメウエハースより甘いぜ」


「な、なぜそれを……。わ、私は……どうしても欲しかったんだ! アニメが人気でウエハース化が決定した時から、"俺の青春ラブコメはパフェよりも甘い"のメインヒロインのスペシャルレアが欲しかったんだ!」


「まっ、別にいいけどな。俺は原作大好き厨だから、ハルがハマる作品のほとんどは原作から読んでて展開は知ってるし。あーあ、ちょいとネタバレしちゃおっかなぁ」


 俺がこうやってハルをからかうと、ハルはいかにもやめてくれという強いまなざしで俺に訴えかけてくる、完璧美少女が故にとても可愛いのがいかにもズルい。


 まぁこれもいつもの日常だ。

 ハルとは恋人って言うよりもどこか友達のような関係みたいで、いつも他愛のない会話をしたりふざけたりしている。


 この特別な心地よい空気が、俺は好きなのだ。


「で、ハルは無事にメインヒロインのスペシャルレアを当てる事ができたのか?」


「全然ダメだった……。これで19連敗でもうすぐ大台の20連敗にリーチ……。でも自引きをしないと完璧美少女としての私の名が廃るっ! 私は暗黒球団にはならないんだっ!」


「おうおうそれは元気で結構。ところで今回は何が出たんだ?」


「えーと不純物、もしくはエラーカード? なんか男が出てきたんだけど」


「ラブコメ主人公を不純物扱いするな。ヒロインだけじゃなくて主人公も頑張ってるんだぞ」


 主人公を何だと思ってるんだ。いやまぁ、俺も主人公とか好きじゃないヒロインが出てきたときは物凄くテンション下がっちゃうから、人のことは言えないけどね?

 


 ハルはこうして放課後とか学校以外に会う時だけ、こんな感じで俺に対してラフに話している。

 学校では友達や俺と少し会話をするときでさえ、ハルは丁寧な口調を絶対に崩さない。その演技力というかギャップ力に俺も振り回され、いつも何か気に障る事をしてしまったのかと不安になるぐらいには完璧だ。


 元々はもっと積極的というか男子っぽいというかフレンドリーな感じを全面に出していたのだが、かなり男子からモテるようになったタイミングぐらいで、徐々に今のおしとやかなお嬢様キャラにシフトしていった。


 中学はまぁ色々と思春期とか反抗期とか……大人と子供が入り混じるような時期なので、多少の違和感はあったがハルのキャラの変化は皆から好意的に思われた。

 例を挙げるなら、『大人になった』とか『落ち着きを持ってもっと可愛くなった』とかだな。


 そして俺とハルが今通っている高校では最初からそのおしとやかで綺麗な雰囲気で、ハルは『完璧で最強の美少女』という称号を今もずっと手にしている。


「ふふん。私は高校生になって多くの称号を開放してしまったみたいだなぁ。ノーマルの一般人のユウとは大違いだ」


「……無理はしてないな?」


「ぜーんぜん大丈夫よ。私もユウとこうしている時以外は、ラノベの最強主人公モードに入ってるから。もうゲーム感覚よゲーム感覚」


「そか。ならこれからも頑張れ」


「そりゃ頑張りますよ。周りの有象無象の雑魚キャラはともかく、私のお父さんは強キャラですからねぇ。ま、それも大学生になるまでの辛抱だよ。お母さんはたぶん、私とユウの関係も私の本当の姿も知っていて、優しさかなんかで上手くお父さんに隠してくれてるけどさ」


 ハルのお父さんはかなり厳格な人で、それこそアニメに出てきそうな頑固おやじといった感じだ。今は仕事が好調らしく、なかなか家に帰ってこない事をいい事にハルは俺の家にほぼ毎日やってくるわけだが……。俺の親も仕事が忙しくてほぼ家にいないわけだし。


 それにハルが学校で今のキャラになったのも、お父さんがかなり影響しているらしい。中学の頃は喧嘩もしていたようで、俺によく愚痴をこぼしていた。


「もっと節度ある行動をしろ、女の子らしく生きろ、変な事やっていないで学業に専念しろ……。一理あるとは思うけど、今も完全には納得してないよ。私の人生で好きな事も人それぞれなんだから、自由に生きていくつもりだもん」


「…‥本当に強いな、ハルは」


「自慢の彼女だろっ? それにユウの家だと無料でアニメも見れるし、ラノベも漫画も読み放題だもんねぇ。それに私がコッソリ買った本も置いておけるし」


「俺もハルの力にはなりたいしな。ただハルが買った少し色々と危険な作品が偶然母さんに見つかった時は、何か謝られて勝手に俺が虚しくなったわ」


「あ~そんな事もあったね。中学3年生の頃の、グロテスク作品発見事件ね。私はお父さんに色々と禁止されていたこともあって、癖が結構歪んでるからねぇ。変化量7のスライダーぐらい曲がってる」


 こういった話は意外とよくあるもので、子供の頃に禁止されていた事が大人になるにつれて自由に行動できるようになって、反動で普通の人よりもいつの間にかハマってしまう……という本末転倒みたいな話だ。

 このような禁止されると逆に欲求が高まるといった心理現象はカリギュラ現象と言われていて、心理学的にもかなり有名らしい。


「暗い話は楽しい時にしてもテンション落ちるだけだし、この辺にしておく? もう日も落ちてきてるし、お風呂とご飯済ませてまた後で集合ね。少し余ったおかずとかもまた持ってくるよ」


「面目ない。料理スキルは皆無なもので」


 俺は簡単な料理しかできないし、母さんも仕事がかなり忙しい時は作り置きする時間もあまりないらしい。

 そんな様子をみたハルがそれとなくハルのお母さんに事情を伝えてくれたみたいで、時々おかずを多く作ってもらって頂いているのだ。その分多くかかっている食費を払おうとも考えたのだが、いつも仲良くしていていただいているからと断られてしまった。


「お母さんは理解力あるんだけど、何せお父さんが典型的で頑固な昔の人だからなぁ。かといって完全に間違っている事は言わないし、私としても色々と助けてもらってるからあまり文句は言えないんだけどね」


「まぁ今のところはこのままでいいんじゃないか? というか、ハルのお母さんには本当に頭が上がらないなぁ。またゴチになります。」


「全然大丈夫だよ。これからもお互いに色々と助けあっていこ? ほんと、家が近いって最高だねぇ」


「間違いない」


「これが今のトレンドのSDGsってやつか……っ! 私、やはりできる女なのかもしれない。」


「確かに助け合いながらこの関係を持続しているから、間違ってはないのかもしれないけど」



 これが俺とハルとの楽しくて幸せでいつもの日常。

 一緒に過ごした時間はかなり長いと思うし、これからも一緒に長い時間を過ごすとは思うが……その一つ一つが俺たちにとっては宝物なのだ。

 




 



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