ラスボス直前少女、異世界へ転移(と)ぶ

ラピシュナ

第1話「転移してきた少女」

「ついに貴様のところまで辿り着いたぞ、暗黒竜ブラックモア!!!」


「まってまって、なに、どちらさま?」


 漆黒の鎧が、少年の目の前に現れた。


現れた、というのはそのままの意味で、少年の目の前には1秒前には何もなかった空間だったのだ。


「正確には、なにもなかったとは言えないけど」

「?」


 眼前の漆黒の鎧にはそぐわない、小さな顔が小首を傾げていた。


 どうやら彼女(見た感じはそう)は、ようやく違和感を覚えたようだ。


「おい、貴様」

「え、あ、はい」


 少年は今まで呼ばれることのなかった二人称に驚き、思わず返事をした。


「暗黒竜ブラックモアはどうした」

「………………」


 黙る少年に、漆黒の鎧を纏った少女は現れたときから少年の首筋にあてている刀を傾けた。


「(こいつ、刃を向けているのに何も動揺がない……?)」


 少年は冷や汗を垂らした。


少女の出現と同時に、自身の首筋横に銀色の剣の切っ先があてられているというのに。


「ま、まずこの銀色の塊をどかしてもらえませんか」


 怯えているんだかわからない声で、少年は言った。


しかし、そう言われて武器を離すほど、漆黒の鎧少女は甘い環境で育ってはいない。


「ここはどこだ?」


 少し冷静になった少女は、いま自分のいる場所が本来いるべきところではないのではないかという思考に至る。


「ここは……」


少年は一回言葉を区切って、言った。


「たぶん、貴方にとっては異世界?なのかもです」


2

「ファンタジー、だ」


少年は漆黒の鎧少女がいた異世界の説明を聞き、開口一番そう言った。


少女がいた世界は、いわゆる中世ヨーロッパ『風』の世界だ。


魔王と勇者(「神の御使い」というらしい)の争いの絶えない、文明は中世ヨーロッパレベルの異世界。


異世界に名前がないか聞いてみたところ、思い当たらないという。


たしかに、いきなり自分が異世界転移してきて、出身世界はなんていう名前かと聞かれたら、少年も「地球」としか言えないだろう。


だから少女も惑星名を答えた。


「『レア』。それが私のいた惑星の名だ」

「惑星レア……ううーん、聞いたことあるような、ないような……」


はじめは敬語で話していたが、少年も少女に合わせて砕けた口調で会話していた。


「ここは惑星レアではない、ということは、暗黒竜ブラックモアはいないということか?」

「その暗黒竜ブラックモアっていうのが、キミが倒そうとしているドラゴンなの?」

「ああ。あと私の名前はファムウェル=ガーデンコールだ」


はじめましての相手にフルネームを教えるとは、無用心なのかと思ったが、異世界をこちらの常識ではかっても仕方ない。


「ファムウェ……」

「ファムウェル=ガーデンコールだ」


噛むような名前ではないはずだ。

ゆっくり言えばなんとか。


「ファムウェル=がで……」

「ガーデンコール」


もうなんか漆黒の鎧少女は投げやりになっている。


「ファムウェエ……」

「ファムでいい」


これは己の舌を呪うべきか、初対面の女子を愛称で呼べることを祝うべきか。


「貴様は何というのだ?」

「おれは、」


ここで偽名を使っても仕方ないと思い、少年は告げた。


「チャクラム・ジエンド・オブ・ゴッデス・レジェンダリィ・ルーツ……」


「まてまて、さっきまでの貴様の舌はどうした!?」


彼女は、漆黒の鎧が似合わないくらい軽妙にツッコんだ。


3

「貴様の名前は、なんというか、あれだな」


ファムウェルは少し、躊躇いがちに言った。


「中二病的というか、いや、貴様の名前を愚弄するつもりはないのだが」

「いいよ、チャクラで。それにしても、……中二病?」

「ああいや、私のいた世界で言うところのスラングだ。

伝わっていないのなら、気にしなくても構わない」


『中二病』、『スラング』。

これまでチャクラは彼女のいた世界を中世ヨーロッパ風の世界だと解釈したが、それにしては現代の言葉が混じっている気がする。


「そろそろこの世界について、私も教えてもらいたいのだが」

「あ、ああ。そうだったね」


異世界のことを興味があるのは自分だけではないのだ、と反省する少年。


そもそも興味以前に転移した側が一番不安なのだが、チャクラはそこまでは考えが至っていない。


「そもそも、どうして私が………その、異世界から転移?をしてきた存在だとわかったのだ?」

「ああ、それはちょっと説明が長くなるのだけれど」

「私の話も時間をとってしまったのだ。

構わん」


チャクラはそれを聞いて、口を開く。


そのときだった。


「っ……!!」


チャクラは漆黒の鎧少女ファムウェルとの距離を縮める。


「え、………えっ?」


いや、押し倒していた。


「ええ、な、なにを………っ!」


正確に言うのならば、押し退けていた。


ズドンッッッッッッ!!!!!!!!!


直前までファムウェルがいた空間が、削り取られていた。


半円状にくり貫かれた大地の溝を境に、ファムウェルとチャクラは別れる。


「キッキッキ、よ~やく見つけたと思ったら凡人クン。

『遺物』探し中に盛りあっちゃって、まったく、妬けるぜェェエ!!」


ファムウェルにとって、聞き馴染みのない声が聞こえた。


つまり、チャクラではない『異世界』の人物。


1mほどの溝の出所を目で追うと、男の姿があった。


長身で細身。


銀色の、腰まで垂れている長い髪。


その一般人から見れば美しいと形容されるような相貌の男から、ファムウェルは別世界で幾度となく浴びてきた殺気を感じた。


「教会が何の用だ?」


微かに笑みを浮かべながらそう言ったチャクラ。


「盗賊は退治するように上から指示されてんのよ、オレはァ」


ファムウェルは観察した。


銀髪の男の着ている服は、ファムウェルの世界では聖職者が身に付けるものだ。


このような粗暴な印象の聖職者は見たことがないが、違う世界なら常識は通用しない。


いくら観察しようが、常識は通用しないの一言で片付けられてしまう。


この世界にとって、暗黒竜を追い詰めるまでに努力したファムウェルの経験や肩書きなど、ただの飾りに過ぎないのだ。


「なぜならッ」


叫ぶ男の背後を見て、ファムウェルはぞっとした。


「オレは神に選ばれし『使徒エンジェル』だから!!」


銀髪の後方に、ファムウェルの見知った顔が浮かび上がる。


それはファムウェルが惑星レアの常識を知っているからこそ出来た反応だった。


「勇者………さま?」


ファムウェルの世界で英雄視されていた勇者の姿が、亡霊のように銀髪の背後に浮かび上がっていたからである。

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