ショートショート「ホワイトデーの特別なお返し」

十文字ナナメ

放課後、教室


「悪いねー、義理チョコだったのに」

 バレンタインチョコのお礼として、E田はクッキーを受け取った。


「義理でも、いただいた以上はお返しくらいしなきゃね」

 I川はいくつチョコをもらったのだろうか、興味本位で尋ねてみる。


「どのくらいもらったの?」

「クラスの人からは全員」

「やるじゃん」

「おかげで、昨日は大忙しだったよ。もうお菓子づくりはこりごりだ」

「クラスの女子全員分だもんね。15人分のクッキーか、ご苦労ご苦労」

 I川は首を横に振った。


「いや、14人分だよ」

 思わぬ返答にE田は戸惑う。


「え? でも、女子は全員で15人じゃない」

「そうだけど、クッキーは14人分なんだ。1人分――O野さんの分は、別にあるんだよ」

 何かを察したように、E田はうなずいた。


「なるほど、そういうことね。つまり、特別なお返しってことね」

 E田は何か勘違いをしている風だったが、I川は「まあ、そんなところ」とだけ答えた。


 I川は時計に目をやった。もう学校を出なければならない。


「じゃあ、僕はもう行くよ。また明日」

「もう行くの? 部活は?」

「今日は休む。これから用事があるんだ」

「そうかそうか。うまくやれよ」

 サムズアップしてみせるE田と別れると、I川は憂鬱ゆううつな気分になった。この後のことを思うと、緊張してくる。誰にでも、苦手なものというのはあるものなのだ……。


         ×


「――ありがとうございました」

 支払いを終えたI川はそう告げて、ある建物から出た。切ない顔でため息をつく。


「クッキーだけで済んでしまえば、どんなにいいか。甘いチョコの代償というのも、安くはないものだなあ」

 チラと、出てきたばかりの建物を振り返る。『O野デンタルクリニック』――O野の父が経営する歯科医院を後にして、I川の苦いホワイトデーは終わった。

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ショートショート「ホワイトデーの特別なお返し」 十文字ナナメ @jumonji_naname

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