流星は消えぬままで。

夕白颯汰

夜空を駆けたあの星は

 静かな夜でした。

 真っ黒な空には、緩やかな線が描かれていました。

 それは青色に光り、暗闇を走っていきます。

 深い森を照らし、湖の水面に映り、暖かな光がこぼれる街へと向かっていきます。

 

 ああ、なんてきれいなのでしょう。その輝きは、きっとどんな宝石よりも美しい。

 青い光は、進むことをやめません。なにかを探しているかのように、まっすぐ、ただまっすぐ夜空を駆けます。

 

 何処へ行くのですか? その上に乗って、私も一緒に行きたいのだけれど。

 でもきっとそれは、叶わぬ願いというものでしょう。

 だってあれは、神様が流した涙なのですから。

 

 光は夜空にぽっかりと浮かんでいます。まるで、海に漂う一輪の百合。それとも、道端に佇む待宵草でしょうか?

 光は夜を切り裂いていきます。どうすれば追いつけるのか、誰か教えてくださらないかしら。

 

 段々と輝きが強くなってきますね。

 いったいどうしたのでしょう。私たちを見つけたのですか?

 あら、色が変わりました。返事をしてくれたのでしょうか。

 深い青色もいいけれど、燃えるような赤色も美しいですね。

 

 光は大きくなっていきます。

 もうお月さまを覆ってしまっています。

 ですが暗くはありません。

 眩いまでの輝きと、いくつものランタンの明かりが夜を照らします。

 

 さ、そろそろ寝る時間です。

 明かりを消して、本を片付けて、目を閉じましょう。

 はい、夢の中でも出会えるでしょう。

 あの光が、あなたを抱きしめてくれることを願います。

 

 両手を握ります。夜空に掲げます。

 小さな口で、「さよなら」と紡がれます。

 

 風があたりを吹き抜けました。木々はざざざぁと揺れ、水面は波打ちます。

 そして明るくなりました。何もかもが見渡せます。


 夜は去ってしまいました。朝が訪れたのでしょうか?

 いいえ、訪れたのは「終わり」です。あまねくを導きし「終わり」です。

 ではこのお話も「終わり」にしましょうか。

 

 どうぞ、あなたはお行きなさい。私はここに残ります。

 いつまでも大地を眺めます。命の芽吹きを待ち続けます。

 

 そのまま真っ直ぐ進みなさい。ずうっと先に、光が見えてくることでしょう。

 見つかったのなら、ついていきなさい。辿り着くのはあなたの、あなたたちの居場所です。

 光は弱くなってしまうこともあるけれど、絶やしてはなりませんよ。未来永劫、皆で守っていくのです。

 お気をつけて。石に躓いても、泥に足を取られても、川の流れに押されても、何度も何度も、立ち上がってくださいね。

 それがあなたたち、人間です。

 

 この夜のことを、どうか忘れないでいて。

 踏み固められた土はやがて道に。語り継がれた記憶はやがて物語に。

 変わらないのは、刻まれた傷のみ。

 

 小さな背中は見えなくなりました。

 私は前を向きます。いつまでもここにいます。

 雨の日も雪の日も、あたたかな朝も星がきれいな夜も。

 それが私にできる、唯一のことです。

 


               ◆ ◆ ◆


 

 私は今日も眺めています。あの場所で、あの風景を。

 静かな森を。透き通る湖を。高くそびえる山々を。どこかからやってくる渡り鳥を。

 緩やかな曲がり道を、緑の丘を、背の高い一本松を。



 地面に空いた、大きな大きな穴を。



 あの街はもう、ありません。光とともに消えてしまった。

 だけれど、私は思います。あの穴には、たしかに人々が生きていたのだと。

 

 なるほど、こういうことでしたか。

 

 時間は流れていくのですね。全てを置き去りにして。

 

 夜が訪れます。朝が訪れます。この眺めは決して変わりません。

 

 

 ああ――時間は流れていくのですね。

 


 流星は消えぬままで。

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流星は消えぬままで。 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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