恵太郎の一言

白鷺(楓賢)

本編

恵太郎は、ある日、演劇に参加することになった。引っ込み思案で吃音を抱える彼にとって、それは大きな挑戦だった。役は脇役で、セリフはたった一言だけ。しかし、その一言がなかなかうまく出せず、稽古中に苦労を重ねた。


最初の稽古の日、恵太郎は緊張で声が出せなかった。「大丈夫、焦らなくていいよ」と、演出家の優しい言葉に少しほっとしたが、それでも自分の吃音が恥ずかしかった。しかし、彼は諦めなかった。真面目な性格の恵太郎は、毎日家でも必死に練習を重ねた。鏡の前で何度もその一言を繰り返し、声が出ない時には無理にでも口を動かした。


数週間が経ち、恵太郎の努力は少しずつ実を結び始めた。稽古場で彼が言葉を発する度に、仲間たちからの励ましの声が聞こえた。「よくやったね、言葉が出たね」と、仲間たちの温かい言葉に恵太郎は少し嬉しくなった。彼らの応援は、恵太郎にとって大きな支えだった。


迎えた本番の日。恵太郎は緊張しながらも、舞台の袖で自分の出番を待っていた。心臓がバクバクと鳴り、手は汗で湿っていたが、これまでの努力が頭をよぎった。「大丈夫、できる」と自分に言い聞かせた。


ついに恵太郎の出番が来た。彼は深呼吸をし、一歩ずつ舞台の中央へと歩み出た。観客の視線が一斉に彼に向けられる中、彼は自分のセリフを心の中で繰り返した。そして、口を開く。


「ありがとう。」


その一言は、恵太郎の心からの感謝の言葉だった。舞台が終わると、彼は仲間たちからの拍手と笑顔に包まれた。「やったね!」と肩を叩かれ、彼は少し照れながらも、心の底から嬉しかった。


恵太郎にとって、この一言を言い切った経験は、大きな自信となった。吃音を抱えながらも、一歩踏み出して挑戦することで、彼は自分自身を超えることができたのだ。この経験は、彼の心に強く刻まれ、これからの彼の人生において大きな力となった。


この日の出来事は、恵太郎にとって一生忘れられない思い出となった。そして、彼は再び舞台に立つ日を心待ちにしながら、新たな挑戦へと歩み始めた。

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恵太郎の一言 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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