二つの秘密
内野広宣
二つの秘密
王都を旅立ちどれくらいの月日がたっただろうか。
月明りと星以外何も光っていない夜をスナッフはただ歩く。
満月を見上げると、母さんを思い出した。欠けるところのない満面の笑みの母さんを。
数年前に亡くなった母さん。
思い出すたびに、望郷の思いに駆られるが、故郷にもう母さんはいない。
突然一人がさみしくなって、前方に見える明かりのついていない村を目指す足が速まる。
スナッフは、母さんを想い誓った。
きっと、母さんにも喜んでもらえる人を……。
きっと。
スナッフは誰にも知られてはいけない秘密を一つ持っていた。
この旅の目的は誰にも知られてはならない。目的を果たし王都に着くまでは。
丁度、近くの村を見渡せる丘の上の道に差し掛かった。早く村につき、旅の体を休めたかった。
空は、薄闇が明けかかっていた。もうすぐ夜が明ける。もうすぐ朝日が昇るであろう方角を見ると、山の稜線が光っていた。
少し目まいがする中、歩き続けた夜中の旅も、もう明ける。
そう思うとスナッフは足を速めた。
村の入り口近くに差し掛かったころ、スナッフは道に倒れこむ。
目まいが強くなってきた。手足が自由に動かない。もうろうとする意識の中、スナッフはこのまま、ここで息絶えるのかと、村の入り口の道を見た。
そこで、意識を失った。
朝闇の中、娘は歩いていた。村の外へ行くのだった。村の外を見ると、入り口のすぐ近くに旅人が倒れていた。
走り寄る娘。
旅人を抱き寄せて意識を確かめると、旅人は少し動いた。
生きている。
娘は急いで、村へ助けを呼びに行った。
スナッフは夢うつつの中で、やわらかい安らぎを感じ、意識を少し取り戻した。
さっきの娘はどこへ行ったのだろう。暖かな存在を感じ、安らぎを感じた。
さっきの娘の声だけは、薄い意識になかでも、憶えている。
きっと、さっきの娘が、探し続けた人かもしれない。
その予感を感じつつ、また意識を失った。
村の若い衆が走ってきた。入り口近くに倒れている、旅人を発見した。
村の若い衆は、村の宿へ旅人を運んだ。
若い衆の周りには、娘の姿はなかった。
スナッフは意識を取り戻すと、ベッドの上で寝ていた。久しぶりのいい目覚めだった。周りを見渡すと、小さな部屋だった。
ここはどこだろうか。
部屋を出て、一階に降りた。
「目覚めましたかい?」
声をかけられ、まじまじそのオヤジを見ると、どうやらここは宿屋らしいと分かった。
そばのカウンターの上には宿の台帳が見えた。
「助かりました。ところで俺はどのくらい意識を失っていましたか?」
「へえ、旅人さんは、丸二日程は寝ていましたよ」
「一つ聞きたいのだが、俺を介抱してくれた娘を知れないか?」
オヤジは顔を曇らせると、
「若い衆が旅人さんを見つけて、ここへ運び込んだのですよ」
と答えた。
スナッフがしつこく聞き続けると、オヤジは村の他のものに聞いたらどうですかい?
とあきれた様子だった。
宿屋を出て、道を通りすがる村人に介抱してくれた娘のことを聞くが、誰も知らないという。
口々に、若い衆が見つけて宿屋に運び込んだと聞いたと答える。
スナッフは夢を見ていたのかと、不安になった。
村の長老を訪ね、介抱した娘のことを探してくれと頼んだが、長老も若い衆が倒れているのを見つけて、宿屋へ運ばれたと聞いたと答えた。
「その娘に会ってお礼がしたい。それに、その娘が探し続けた人かもしれない。」
と言うと、長老の顔が曇った。
「探していたというと?誰をでしょうか?」
「すみません。秘密だから言えません」
すると、さらに長老の顔が曇ったようにスナッフには見えた。
「夢でも見ていたのではないですかな。そのような娘はこの村にはいません」
スナッフはそうかもしれませんと、力なく答えると、長老宅を後にした。
次の日。家を一軒。また一軒と訪ね歩くスナッフがいた。
旅人を遠くの家の角から見ている長老と老人たち。
「あの者には本当のことは黙っておくしかない。」
そう長老が言うとうなずく老人たち。
「この村の巫女の存在は、秘密なのだ。巫女様があの者を介抱したなどと、あの者には言えぬ。」
長老は皆のものを見渡して小声で言った。
「あの者には早く村を出て行ってもらおう。それまで、巫女様のことは他言無用じゃぞ」
老人たちはうなずき、足早に家路についた。
長老が家路につくときまだ、旅人は訪ね歩いていた。
忌々しい。
長老は杖を強くつきながら、自宅へ向かった。
長老からの伝言を聞いた村の若い衆は、安堵した。旅人なんかに巫女様を盗られるわけにはいかないと思っていたからだ。
「いざとなったら、おらたちが、旅人なんかぶちのめしてやる」
と、村の若い衆は、息巻いた。
一方、村娘たちは……。
集まっては、旅人のことを噂していた。
「本当のことを言ってあげたらよくないかしら」
「駄目よ。」
「巫女様の秘密はこの村以外の者には、知られるわけにはいかないって、知ってるでしょう」
「村中みんなで、村八分みたいなことして、可哀そうだわ」
娘たちを代表して、一人が旅人に話しかけに行くことになった。
スナッフは、途方に暮れてとぼとぼ村の中を歩いていた。すべての家を回ったが、それらしき娘は誰も知らないという。
どうしたらいいのだろうか。
その時、明るい声で話しかけられた。
「旅人さんまだ、いない人探しているの?」
突然の質問に言葉が詰まる。
「声は憶えているのだが、声を聴けば、分かるのだが」
「あなたが見た夢だと思うけど、本当に覚えているの?」
「確かに、憶えている。その娘に感謝を伝えたいし、その娘のことが、俺、好きかも……」
さえぎるように、村娘は言った。
「ばっかみたい、きっと夢でも見ていたんじゃない?誰も知らないって言ってるじゃない」
スナッフは力なく、
「そうかもしれない、夢だったのかも……」
とうなだれた。
村娘の報告を聞いて長老は考え込みました。
あの旅人は、まだあきらめてはいない。巫女様と会わせるわけにはいかない。どうすればよいのか。
その場にいた、老人の一人が、声を発した。
「長老、話を聞きますにあの旅人は娘の声しか憶えていないと言っております。」
「わたくしに考えがあります」
老人は長老の耳のそばまで近づき、
「巫女様に声がよく似た娘がいます。その娘を差し出せば……」
うむ。と長老は息をのんだ。その手があったか。
長老宅に呼び出された娘は、静かに、扉を開けました。
その中には、長老、そして村の老人たちが暗闇の中、ひっそりといました。
娘は不安になりました。何か、深刻な話かしら。
長老が口を開きました。
「実は……」
長老は何か言いにくそうにしています。娘はさらに不安になりました。
「巫女様の話は知っておるな」
娘はうなずきました。
「お前は巫女様に声がよく似ておる。あの旅人にわたしが、あなたを助けましたと、一つ芝居を打ってくれぬか」
「なぜそのようなことを?」
「巫女様の存在は村の者以外には、秘密なのじゃ。わかってくれ」
娘は、沈黙してどう断ろうかと考えました。
その様子を見て、長老は皮の小さな袋を差し出しました。
受け取った娘はその小さな袋の重さに驚きました。
袋を開けると、中には金貨が詰まっていました。
「弟を王都の学校へ通わせたいのであろう?」
娘はうなずくと、なけなしの勇気を振り絞り言いました。
「私にお任せください。きっと信じさせて見せます」
やるしかない。娘は、決心しました。かすかに、体の震えを感じながら。
その様子を見て、
長老たちは安堵した笑みを浮かべ合いました。
夕刻。
スナッフは村の端の川辺で一人考え込んでいました。
全ては、夢だったのだろうかと。
俺以外の人はすべて、介抱した娘などいなかったという。
もしかしたら、俺がおかしいのかと。
考え込んでいたら、娘が近づいてくるのが見えました。
娘はすぐそばまで来て、
「旅人さん、本当にごめんなさい」
と言いました。
スナッフは驚きました。
その声は、探していた娘だ。いた、やっぱりいたのだ。
「私、怖くて言い出せなかったんです」
スナッフは不思議に思い聞いた。
「なぜかな?」
「この村は狭くて噂が立ちやすいし、ここの暮らしは息苦しいんです。もし旅人さんとの仲を誤解されたら、私……」
「そうか、すまなかった。この村の事何も知らなくて」
娘を見つめるうちに、熱い思いがわいてきて、熱に促されるように、
「娘よ。そんなに息苦しいのなら、俺と一緒に王都に来ないか」
娘は、暗い表情になり、言いました。
「旅人さん、私この村を離れたくありません。でも旅人さん……」
スナッフはすっかり、振られてしまい、気落ちしました。
娘をじっと見て、さらに口説こうとした刹那。
娘は突然口づけをしてきました。
スナッフの中で、一瞬時が止まりました。
「今夜、旅宿の部屋へ伺います」
そう言うと、娘は恥じらうようにして、走っていきました。
スナッフは探していた娘が見つかったこと。口づけをされたこと。今夜、宿に娘が来ること。色々なことが起こりすぎて、目まいがしました。
スナッフは宿に帰ると、宿のオヤジに夕飯はいらないと告げると部屋へすぐ入った。
少し考える時間が欲しかった。
ベッドに横になると、堂々巡りの考えをしだしました。
娘が今夜この部屋へ来るという。
確かにあの声だったのだが。
何かが、違うような、気もする。
こんなとりとめのないことを、考え続けました。
一睡もできず、夜中になりました。
トントン。
扉を軽くたたく音がしました。
静かに飛び上がり、扉に向かうスナッフ。
扉を開くと、そこには、夕刻の時の娘がいました。
「中に入って」
「はい」
扉を閉めると、
スナッフにいきなり娘が、抱きつきました。
突然のことに声を出せないスナッフ。
「ただ一度の夢を見させてください。私は村を出たくありません。でも、あなた様を、お慕いしております」
スナッフは出ない声を絞り出すように言いました。
「どうすれば……」
「ただ一度の夢を……」
と言い、娘は服を脱ぎました。
はらり、と落ちる服。
そこには、輝かしい若い娘の裸体がありました。
スナッフは体の底から突き上げられるような、衝動にかられ何も考えずに、娘を抱き寄せました。
ベッドへ倒れこむ二人。
夕刻の娘は夜中のうちに宿を出ていきました。
スナッフは、この日はぐっすり眠りました。
次の日。
朝ご飯を出すとき、宿のオヤジが言いました。
「旅人さん、何かすっきりされていますね。良い夢でも見ましたか?」
スナッフは、昨夜のことがばれたかと思い、ぎくりとしました。
夕刻の娘とは一切のことはなかったことにするとの話になっているのです。
このまま、スナッフは、何もなかったかのように村を出ていくと。
「いや、ただ、ぐっすり眠れてね」
その答えを聞いて宿屋のオヤジは、にやりと笑いました。
「俺はまた、旅に出ようかと思うのだが、長老に最後に挨拶がしたい」
「分かりました。長老にはすぐに伝えておきます」
スナッフは長老の家の扉の前で、
「長老、旅のものです。最後のあいさつに来ました」
と大きな声で言いました。
「どうぞなかへ」
扉を開け中に入るスナッフ。
一通り、挨拶を済ませ、帰ろうとするスナッフに長老が聞いてきました。
「夢で見たという娘はもう探さないのですか?」
スナッフは、昨夜のことを思い出し顔が真っ赤になりました。
しかし、長老が何も知るはずがない。そう思いなおして、きりっとして、
「すべてが夢だったと分かりました。長い間、この村の人たちにはお世話になりました」
と言いました。
長老はにやり、と笑うと、
「いい旅を」
と別れを告げました。
スナッフは村を出て、しばらく歩きました。
しかし、足取りは重かった。
探していた娘は、確かに抱いた。
しかし、一夜の夢の思い出として忘れてくれとのこと。
息苦しいと言っていた、村の暮らしを思い暗い気持ちになる。
あの、娘にはあの娘の幸せがあるだろう。
そう、思うようにしよう。
足元を見ずに考えながら歩いていると、スナッフのすぐ前方に人影がありました。
前方をよく見るスナッフ。
そこには、見たこともない美しい娘と老婆がいました。
美しさにぼーっと見とれていると、
娘が口を開きました。
「あなたが私のことを探していると聞き嬉しかった半面がありました」
スナッフはその声を聴き驚きました。
探していた娘……?
目の前の娘は一体……。
昨夜訪ねてきた娘は一体……。
思考がはじけて、考えがまとまらない。
娘は続けて言った。
「私は、昨夜のこと知っています」
どういうことだ?
さらに混乱する。
「私はこの村の巫女です。本来ならその姿を村人以外に見られてもだめなのです」
沈黙が流れた。
「なぜ、昨夜のことをあなたが知っているのですか?」
さらに、沈黙が流れた。
老婆が静かに言った。
「巫女様は穢れなきものとしか結ばれぬ定め。しかし昨夜のお主は何だ?巫女様は心底悲しんでおられる」
スナッフは血が逆流するような感覚で、思考がまとまるのを感じた。
村人たち、長老、昨夜の娘、宿屋のオヤジ。
全てのものに騙されていたことを知り、逆上した。
「そのような掟知らなかった。巫女の存在も知れなかった。騙しやがって、今から村に取って返し長老の首を跳ね飛ばして見せよう」
後ずさる老婆。
巫女は静かに悲しみをたたえた顔をして言いました。
「私は巫女として村のことを愛しています。たとえ私を村に縛り付けるためのウソだったとしても、昨夜のことはもう元には戻りません」
毅然とした巫女の断言に冷静さを取り戻すスナッフ。
「俺はどうしたら……」
巫女は静かに言いました。悲しみの表情のままで。
「あなたのことをお慕いしたこともありました。私のことを探し続けるあなたを想い涙したことも。しかし、すべては、昨夜あったことで終わったのです。巫女の掟は絶対なのです」
スナッフはあまりのことに絶句し怒りのままに、
「長老の首を……」
さえぎるように、老婆が一喝しました。
「だまらっしゃい!!!」
老婆を無言でにらみつけるスナッフ。
「本来なら、お主に何も真相をしらせないまま、帰らせることも出来たのじゃ」
はっとするスナッフ。確かにそうだ。
「それでも最後にお別れがしたいとのことを巫女様から聞き、この場を作ったのじゃ」
巫女は静かに悲しげに言いました。
「あなたと最後に話せて、嬉しかった。他の娘のように恋も軽くできない私が、恋した人よ。さようなら」
スナッフはすべてを悟り、
「ありがとう」
と告げるとその場を立ち去った。
どれくらい時がたっただろうか。巫女のもとからだいぶ離れたとき、スナッフは後ろを振り返った。
巫女はもう見えなくなっていた。
スナッフはその場にへたり込み、すべてを呪い打ち震えた。
長老、村人たち、昨夜の娘、宿のオヤジ。
全てを知らなかったのは、俺だけ。
たばかりおって……。
涙が地面に落ちていく。
王都につくとスナッフは、道のまん中をずんずんと歩いて城を目指して歩いた。
王城につく。
「開けてくれ」
その一言で、城の扉が開いた。
城の謁見の間に歩いていくスナッフ。
王の前にかしずく。
「戻ったのか」
と、一言発する王。
「はい」
「妃候補は見つかったのか?」
「いえ」
王は威厳をたたえて言いました。
「王子よ。そのような旅はもうやめてくれぬか」
スナッフは王をしっかり見て言いました。
「国のために、自由にならぬ身と知りながら、旅をさせていただきました。私は自由にならぬ身。せめて、長い時を過ごす妃くらい、私の自由にさせてください。王様がそうされたように」
スナッフは二つの秘密について思いました。
自らの、王になるために妃を探す旅という秘密。
もう一つは山奥の村の巫女の自由にならない身という秘密。
王子の立場でもひっくり返せない秘密に苛立ちながらも、巫女の言葉を思い出しました。
この村を巫女として愛しているとの言葉を。
スナッフはすべてを胸の内に収めて、生きていくことを誓いました。
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