最終話 愛してる

 ベルベットの座布団に座りながら「男女」がこそこそと話をしていた。

 青年が少女の後ろから抱きしめる形で座り、ゆるやかな時間が、そこにはある。

 しかし暗闇だけではなく、空の頂には太陽があり、そこから光りが漏れていた。

 前方は闇に包まれて、何があるのか分からないが、二人は分かっているので、ただ

今まで話せなかった「二人」のことを話し合っている。


「そういえば俺のことをまったく話してなかったな」

「いまさらなのですか?」


 青年の金髪が太陽によって梳け、輝いている。少女もまた黒い髪を光らせ、まさに

カラスの濡れ羽色と言えるだろう。


「本当の名前、というより、王族の名前としてはルートヴィヒなんだ。ルリエはまた

違った名前で、親族や母さんと親しかった人たちが知ってる」

「だから、ルリエとルートヴィヒと交互に呼ばれていたのですね」


 水面に映るような碧眼が少女を見、小さな「人間になった」手を優しく握る。

 少女は、それを大切なもののように握り返していた。


「俺は、母さんは流行病で死んだと思ってた。でも、違う。知ってたんだ、元とから

病気で死ぬことに。でも、死んだことを認めたくなくて流行病のせいにした。誰も、

母を助けようとしない人たちだって壁を作っていたら周りにまで壁ができた」

「でも、もう大丈夫ですよね」


 青年の胸に頭を預けて、少女は子どもに読み聞かせる童話を謳うように呟く。


「『ルリエ』という名前なのに、だ。母さんはルリエというのは母さんが知る中で

「つながり」を意味する、と言っていた。そして『ルカ』というのは「光りをもたらすもの」という意味だって」

「……素敵ですね」


 少女は気づいた。この二つの名前が意味するところは、この世界のどこかの国にあるのだろうか、ルカの元の世界なら例えばフランスだ。フランもそうだ。『ルカ』の意味はドイツ語になる。


「俺は、この名前と人形店に縋っていた。母さんとの思い出も、本当は知っている、

家族の思い出も、全部閉じ込めて新しいことが怖かった。なくなってしまうのではないかといつも思ってた」


 青年は少女の髪を撫でて愛しむ。一束持てばするりと下に落ちていく。

 

「ルカが人形になった時、本当は怖かった。流されてしまったが、あの夜は怖くて、眠れなかった。新しい何かが始まってしまいそうで。でも、どこかで背を押してくれる人がほしかったのかもしれない」


 だから城を見せたし城下街も見せることができた。

 声をかけられても張り裂けそうな胸は、隣にいる少女によって収まっていく。

 

「お節介なハンナや監視の目も、こんな俺なのにって思ってた。なら兄上たちについていてくれた方が余程気が楽で、でも自分の立場は分かっていたし、中途半端な礼儀やら無駄に覚えて」


 青年は、強く少女を抱きしめた。


「怖かったが、兄上に会って、俺は改めて自分が甘えていたのと優しさにつけ込んでいたのが分かった。いつでも扉は開かれていたんだ。ただ、呆然と立ちつくしていた

俺の手を引いてくれたのは同じ名前の『ルカ』で」


 黙り、少女の髪に自身の唇を寄せてささやくように、


「運命だ、と思った」


 青年は女神を信じない。彼女らは何もしてくれない。祈っても母の病気は治してくれない。これを試練だという人が信じられなかった。失ったものは戻ってこない。

 それが試練ならば乗り越えるのに何が必要だというのだろう。

 悲しみを止める? 思い出を忘れる?

 小さい時は毎日泣いて、母が寝ていたベッドから動かなかった。


「火事の時、飛び込んだのは無意識だった。誰かが死ぬのが怖かった。自ら手放すのなら、きっと楽なのだろうけど、奪われるのは嫌いだ。母が亡くなった時のように、

理不尽なことが」


少女は黙ってから、口を開く。


「わたし、火事で死にました。貴方と同じ思いでした。るりちゃんが死ぬのが怖かった。自分が死ぬ方がよかった。遺された人の思いも考えずに笑顔で死んだ。あの日、

貴方が炎の中に消えていった時、わたしは大好きなるりちゃんになんてものを押しつけてしまったのかと、心の底から、わたしを恨みました」


 今度は少女が自分の頭を彼に押しつける。

 

「だから、わたしは同じように飛び込んだ。一緒に死ねたらどんなにいいだろう、と

馬鹿な考えでした。失う前に自分が消えたかった。それは貴方も一緒だったのですね。こんなわたしを好きになってくれてありがとうございます」


 ふ、と頭の上にある青年が笑った気がした。

 彼は、


「こんな弱い俺を好きなってくれてありがとう。まだ愛してるは伝え切れてないが、俺がルカのことを一番に考えて、一番に支えたくて、一番に愛してると知ってくれ」


 人間になりかけている人形は、彼のことが好きだ。

 だけれど、まだ「愛している」を思いたくない。


「……時間です」


 大きな音をたてて、ばさりと布が剥ぎ取られた。

 一番前が小さく、だんだんと大きくなる鏡面たちは『兵器』

 床に布を敷いて、背面に高めの台を置き、ルリエはルカの頭部を開けて、水晶玉を

取り出した。

 白い糸が出ている水晶玉は透明感はなく白い靄みたいなものが内に波打っている。

 その靄の間に雷を思い出させるものが渦巻いていた。

 ルリエは、台の上に水晶玉を置くと、ルカの隣に座り、手を握る。


 周りにはヴィリエレーシとセリュバン、エルリックとウォレスがいた。

 国王のアルフガルドはクエ国の境界線上の正面で軍を率いて「もしも」の為に備えていた。同時にブレイズガルヴがソーヴァ国経由で左翼、オリヴィエが右翼、海上の避難はリュタンが統率し『今』を待っていた。


「これを」


 セリュバンがルカにボタンを渡す。


「押せば装置から照射ができます」

「ルカちゃん、打つ方向の移動は私たちがやるからね」


 エリーが笑いながら言う。この背水の陣に焦る気持ちを上手く隠して、隣のウォレスと頷きあう。この二人はルリエの側近だ。最後までいるつもりなのだ。

 そしてヴィリエレーシは、着飾っていた。上品なドレスに髪型、装飾品に身を包み

前だけを見ている。夫は前線に行った。

 ここが狙われる可能性が高いというに、彼女は避難することなく、背を正し、前を見据えていた。


 ルカは、自分に注がれる光りが形になっていくのが分かる。


 大地が震える。森が震える。何かが立ち上がり、こちらを見ていた。

 聞き出していた場所に出て来た巨人に向かって、ルカはボタンを押す。


 光りが辺りを包む。そこにいる全員が余りの光りに目を瞑る。

 そして同時に、ドォン、と何かが倒れる音と「ギャァアァ」と叫ぶ音がした。

 目を開けたルリエは、第一陣の巨人の頭部が粉々になっていたのを見た。そして、形を保っていたゼリー状のものが、ぼろぼろと崩れていく。


「なんてことを……!」


 そう口にしたのはヴィリエレーシだった。

 ゼリー状の中には、なにかが入っている。その赤い巨躯には『人間』らしきものが点在しているのだ。これが人体錬成の末路ということか、人の尊厳を踏み潰した厄災という力の形。その点は大人も子どももある。怒りがヴィリエレーシを襲う。

 何よりも国民を愛している彼女にとっては耐えがたい行為なのだ。


「もう一匹、立ってる! 場所を合わせて!」


 滑車を回してエリーとウォレス、ルリエも兵器を左側へと動かして、全体を見せた

厄災の頭に照準を合わせる。

 同時に、じゅっと何かが焼ける音がした。


「ルリエ様!」

 

 座っていたルカが驚いた表情で見上げると、三人の手から小さな煙のようなものが

漏れ出している。焼けているのだ。この兵器は熱を使う。

 砲身が高熱で包まれているのだ。


「大丈夫だ! 前を見ろ! もう出てる!」


 ルリエの焦る声で前を向くと、もう一匹の巨躯は立ち上がり、頭の核がちかちかと瞬いている。


「ルカさん!」


 セリュバンが声を上げて、すぐさまルカはボタンを押す。

 ばちばちと音が鳴り、二発目の光線が巨人を射抜いた。

 

 同時、己の中の何かが失われていくのをルカは感じとる。おそらく『魔力が減っている』のだ。

 二発目で水晶玉の近くまで糸が減っている。

 しかし二体の巨人は倒した。これでアルフガルドたちの軍がクエ国に攻め込めば、『戦争』は終わるはずだ。


「いいえ! まだです!」


 そう叫んだのはヴィリエレーシだ。

 焼ける手で砲身を右に引っ張る。四人も気づいたのか、見ると「透明な巨人」が、こちらを向いて、今にもここを射抜かんとしていた。

 三匹目。まさしく巨人は出来上がっており、森の音も聞こえないまま、静かにその

厄災は「本当の姿」を見せている。

 ぐぐぐ、と砲身が動く。

 同時にルリエがルカを見た。


 ぱちぱちぱちぱち、水晶玉の靄は片手分しかない。

 気づく。足から伸びていた白い色がない。糸は魔力だ。それを使って二匹を葬ることが出来た。なら今は、どこに糸はある?


「ルカ!」


 ルリエは声を上げて名前を呼ぶ。

 それが分かっていたようにルカはルリエの方向に顔を向けて笑った。


「くる!」


 セリュバンが叫ぶと同時に、巨人から熱が放射され、こちらに向かってくる。

 そして同時、ルカがボタンを押して熱が照射された。

 バチィン、と大きな音が鳴る。

 光りで眩しいが、空中で二つの熱がぶつかりあっているのだ。

 どちらも譲らず、


「あ、あああああっ!」


 ルカは叫びながら身体を震わす。

 どんどん消えていく。なくなっていくのが分かる。

 光線の熱量は巨人の方が多いのか、だんだんとこちらに向かい。


「ヴィリエレーシ様、奥に!」

「いいえ! わたくしはどこにも行きません。心も身体もこの国のもの! ルカとの

約束は必ず守りたいのです!」

「ルカちゃん!」


 ひとりひとりが己を貫いていた。ここから逃げ出す人間はいない。

 大好きな人も逃げようとはせず、覚悟を、ルカの手を取った。

 負けてしまう、そんなことが頭の中をよぎる。

 いいえ、


「だと、しても!」


 ルカは目を見開き『すべて』を、それ以上の力で想いは届いた。


 パァンッと静かな音が鳴る。

 三匹目の巨人は、核に細い穴を開けて倒れていった。

 同時カァンッカァンッと銅鑼が鳴る音がする。アルフガルドの軍隊が動いたのだ。

 ブレイズガルヴもオリヴィエの軍も動いたことだろう。

『巨人』による厄災は防がれたのだ。


「ルカ!」


 ルリエは叫んだ。少女の頭部である水晶玉は透明になり、身体と繋がっていた白い糸は切れている。


「ルカ! ルカ!」

「る……ぃり……え」


 少女は虚ろな目で瞬きをし、青年を『見た』

 初めて会った時のように、ぽつりぽつり、ルカは……今はルリエの名を呼ぶ。


「ルカ」


 人間になった手は冷たくなり、陶器に戻っていく。

 パキッと嫌な音をたてて、ルカの顔に罅が入る。

 ルリエはそれ以上のことが言えずに、ただ、ぱらぱら落ちる頬を見ていた。

 そこに、


「よくぞ、守り抜きました。ルカ」


 痛いであろう、手のひらと腕を火傷したヴィリエレーシが、ルカを労う。

 それにルカは笑った。


「よ、か……るり、え」

「ここにいる」

「て、にぎって」

「握ってる、ここにいる」

「ふふ」

「あったかい」


 続けてルカは笑う。

 すべて出し切った。出し切ったからこそ愛しい人といたかったが『やりすぎた』、分かっていた。分かっていたことだ。

 でもルカは少しだけ寂しい。

 崩れる身体は、またルリエのよすがにはなれない。

 ああ、でも、そうだ。そうじゃない、思い出にしてほしい訳がない。

 一緒に生きていきたい。

 ルカは頭を動かして、ルリエを正面に、


「あな、たと…い…しょ、に」


 口づけした。割れているせいでルリエの唇を切ってしまったけれど、ルカは満足そうに笑い、砕けた。


「……ルカ、大丈夫だ。俺のやることは決まっている。そうだろう?」


   *   *   *


 世間では『巨人』が出た戦争を『厄災戦争』とし、広く、その恐ろしさを語る話が

全土に伝わった。それを退けたツォルフェライン国の勇姿も語られ、世界から一目置かれるという決着がついた。


 クエ国に突撃した軍は、その惨状に目を覆いたいほどの峭刻たる様子に支配のちに属国とし、ブレイズガルヴを中心に復興を目指す運びになり、塔の上に監禁されていた姫を中心にしながらも、四年経った今、厳しい状態が続いている。


 そして、一人の青年がひとつのビスクドールを作り上げた。

 時間はかかったが、艶やかな黒髪に黒曜石の瞳、薄水色のドレスを着せ、頭部には水晶玉を入れた。

 太陽と月の下の椅子に座らせて、その正面に座り、前と同じく、人形をいじる。

 国にいてもいい。旅にでてもいい。

 思いながら『待っていた』

 そして、ぴくりと動いたことに青年は微笑んだ。

 

「ここ、あ、ああ」


 十年でも何年でも待とうと思っていた。

 が、その人形は顔をあげて『微笑んだ』

 そして、口にする。

 

「愛しています」

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転生AIは愛の夢を見る~人形に異世界転生!?愛ってなんですか!?~ 大外内あタり @O_soto_uti_ATR

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