第十四話 覚悟

『もし人形が目覚めなくても、月の魔力は石に宿ってる。だからヴィリー、これを使って王城のあの開けたバルコニーに設置して。石をはめ込めば光線が出る。それは石を核を壊すほどの兵器になっちゃう……できれば使わない未来がいい。ねえ、ヴィリー、わたし、わがままでごめん。みんなを助けてあげて』


 約束は、果たします。


 ヴィリエレーシの言葉にルカとルリエは目を丸くした。

『兵器になれる』

 どういうことかと口を開いたが、上手く言葉にできない。

 先に意識が浮上できたルリエが口を開く。


「どういう、意味でしょうか。ルカが巨人を殺せると?」

「理論上は。ブレイズガルヴから聞いているのではなくて? あの子はセリュバンと

仲がいいから知っていたはずです」


 ルリエは兄との会話を必死に思い出しながらルカを見た。割れてしまった足部分から白く輝く糸の束が垂れている。これひとつひとつが魔力を可視したもの。

 しかし、どれだけの力なのか分からなかった。


「円盤とガラス」


 やっとのこと思い出して、ヴィリエレーシの顔を見る。

 そうだと王妃は頷いて、その目は覚悟を決めた射抜く形をしていた。


「ルカの理論では太陽の光りと月の光り、魔力が宿った二つの光りを重ね合わせ、ガラスで何度も屈折させることで、光りの束が出来、それを照射させることによって、

巨人の核を壊すことができる、とのことでした」


「……ソーラ・レイ」

「ルカの世界では実現している兵器なのですか?」


 零れ落ちた言葉にヴィリエレーシはルカに顔を向けて、本当かどうか問うた。

 

「いえ、アニ、元の世界で書籍に出て来た空想の兵器です。他も色々とあるのですが、この言葉が近いと思います。ルカ様は、そこまで考えていらっしゃったのですか?」


 ヴィリエレーシは射抜く瞳のままルカを見て頷く。

 だとしたら、なんという慧眼か。戦争のことも含め、まるで未来を見てきたような

行動にルカは、また押し黙った。

 隣のルリエは、何か考えているようで、ややありルカを見る。そうして、


「魔力を使うことは分かりました。しかし、ルカは魔力で動いています。そのような

兵器を使うことでルカはどうなるのですか」


 ふ、とヴィリエレーシの瞳が曇る。

 それがルリエの不安を増幅させた。また父を見て、


「今、クエ国はどうなっているのですか」


 問題の元を問いただせば、今度はアルフガルドの瞳が矢を放つかのようにルリエを

見る。


「先に言ったとおり、巨人は出来ている。斥候の話では二体の報告があがっていて、

出現場所も確認済だ。時刻は明日の昼頃。二体の動きを操っているものが、巨人の、

力を測りかねて、国境付近にしたい、と聞き出した」


 明日の朝には国民を海へ避難させる、と付け足してアルフガルドは口を閉じた。


「二体も……それは同時に攻撃を?」

「それはわからん……ふ、祈るしかないな。攻撃対象は、この城だろう。操作する

人間以外は避難させる。つまり、残るとしたら、わたしと巨人に対抗する為の少数、巨人が見えた瞬間、すぐさま攻撃する」


 アルフガルドはルカを見る。自分の妻が口にした巨人を倒す方法がどれだけ現実を帯びているか分からない。しかし、ルカは別世界の人間だ。

 

 ヴィリエレーシも同様なのか、頷き、目の前の二人を見る。


「行きましょう」


 それは覚悟を決めた瞳、空気だ。

 自分たちの国が、どう転がるか心許ないまま空想を相手に戦おうとしている。

 どんな結果が待っていても、そうなってしまった、と口にするには「賭け」が

すぎる。


「……行きましょう、ルリエ様」


 ルカの言葉にルリエは逡巡した。ヴィリエレーシはルカがどうなるか答えてはくれなかった。自分の予想が合っているなら、魔力が切れたルカは、壊れる。

 

 腿に左腕を通し、右手でルカの身体を引き寄せた。できるだけ密着して抱きかかえ

立ち上がり、ドアに向かう二人のあとを追う。

 ルカが震える様子はない。むしろ、覚悟を決めた顔付きだった。

 それが辛い。

 外は昼の火事から夕方に変わり、橙色の太陽が境界線へ向かっている。

 ルリエは、国を天秤にかけた、今のルカは何を思っているのだろうか。


「大丈夫です、ルリエ様」


 動揺が伝わったのか、ルカがルリエを見上げた。


「ああ」


 魔術局は学院に近いところにある。魔術を習いたい者や好きなものが出入りできるよう、そういう構造をしている。しかし、倉庫と呼ばれるところは城に近い。

 それは「魔術局を作ったルカ」が研究しする為に王城近くに建設した。

 その為、倉庫を使う時は許可制で担当の魔術師か教師の許可を得なければならない。しかし、そこに住んでいるものがいる。


 魔術師、セリュバン。


 ブレイズガルヴとシフリカと同窓であり友人。魔術のことになったら暴走する。

 所謂、危ない人なのだが理性さえあれば優秀な人物。 

 先頭をアルフガルドが歩き、続きをヴィリエレーシと側近のフェグが続く。その後ろにルカとルリエは歩いていた。

 言葉はない。ここまで来て、使用人もいないことを考えると暇という避難をさせたのかもしれない。


「ここだ」


 ルリエとルカは初めて来る場所故に、きょろきょろと周りの様子をみてしまう。

 静かな場所で『倉庫』はレンガ造りで、屋根には煙突がついている。


「セリュバン」


 王の一言で、セリュバンは倉庫の扉から出、頭を下げた。

 準備はできております、と彼は口にして、大きな扉を開け放つ。

 そこに十個のガラスをはめた円盤があり、大小様々だ。

 ルカはそこで、大きいものから小さいものへ光線を絞り、発射すると分かる。

 理論上、できなくはない。


「どうだ、ルカ」

「何か設計図など、ございますでしょうか」


 言えばセリュバンが机に設計図と装置自体の完成図を取り出してルカに見せる。

 それをルリエに抱き抱えられながら見、こくり、と首を縦に振った。


「みなさまが言うように理論上は出来ます。しかし、悩みなのが連射できるか、と

いうところです。また装置が連射に耐えうるか、というのもあります」

「ようは賭けか」


 アルフガルドは笑った。一国の主として、こんな不明瞭な作戦を進めるに、気が乗らない。できれば違う方法を、確実な方法をとりたいが、きっと、それはクエ国も、同じだろう。上手く巨人を操れるか、どちらも同じか。


「この一番と書かれているものを天井に、そこからわたしの水晶を持ち上げて光りを集めます。そこから、今ならばわたしの手動で光りを前方に照射、あと九つの大きいものから、小さいものへ、光りが凝縮されて光線となるはず、です」


 まだルカも確かなことは言えないらしい。

 ルリエは顔を強張らせた。やはり、ルカの力限りの作戦なのだ。


「ルカ、いいのですね」


 ヴィリエレーシの言葉にルカは頷く。それは了承の意味。

 勝手に進み、本当はルリエも声をあげたかった。しかし、巨人がでる。国が壊れる。そんなことを言われたら、


「ルカ」

「大丈夫、ですよ。ルリエ様」


 何度目か。ルカの「大丈夫」はルリエにとって「大丈夫」じゃない。


「セリュバン、夜になったらバルコニーに設置できるか? そのあと布をかけて見えないようにしてくれ」

「かしこまりました」

「そうですね、早朝時から太陽の光りを集めておくことはいいかもしれません」


 ルカの後押しもあって、話はまとまった。

 セリュバンは、くるくると設計図を丸めて部下らしき人物に手渡すと、すぐ作業に

取りかかる。


「二人とも、疲れただろう。フェグ、ルートヴィヒたちを部屋へ」


 アルフガルドに礼を一つして、フェグは二人を伴って、


「こちらです」


 と、案内した。それにルリエは、少しだけ顔を顰めて、こっちは、と口にした。


「いつでもルートヴィヒが帰ってこられるように、と国王陛下から命が出ておりますので」


 扉を開けた先は、赤を基調にしたワインの壁に、そして大きなバルコニー。右端には天蓋がついているベッドがある。


「わあ」


 そう口にしたのはルカだ。

 先ほどとは打って変わり、その表情は少女に戻っている。


「素敵です」

「……ここまでされると、何とも言えなくなる」

「お食事はできましたら、お知らせに参ります」


 うっとルリエは口にする。久しぶりの両親との食事に心臓が痛い。

 そんな気持ちを知らず「夕飯、楽しみですね」と口にする。


「わっ」


 ルリエはルカをベッドに押し倒した。

 ルカの黒髪が広がり、脚もとの白もベッドに広がる。

 金髪が揺れ、碧眼が、少しだけ水を溜めていた。


「いいのか」

「いいんです」


 兵器になることがどういうことか、自分自身がどういうことになるのか、何も分からないのにルカは死地に立とうとしている。


「嫌だと言ってもダメだな」

「ダメです」


 ルカの上から退き、ごろりと隣にルリエは転がって金と黒が混じり合う中、ルカの

手を取り、ゆっくりと握り締めた。


「俺は、お前のそばを離れないぞ」

「はい。なら、わたしが貴方を守ります」

「……愛している」

「……」

「ルカ?」

「わたしは、まだ「愛している」を理解できていません。待っていてくれますか」

「ああ」


 ルリエはルカを引き寄せると、口づけしようとしたところで止まる。


「まだだな」


 という言葉にルカは「ふふ」と笑い。知らせが来るまで抱き合って夜を迎え、


「あ、学校、行けなかったです」

「あははっここでっははっ」

「もう、笑い事じゃないですよ」


 思い出したように、世界のことを口にした。

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