第十三話 兵器

「父上、ヴィリエレーシ様」

 白髪交じりの濃い茶の髪と目元の皺や頬に皺がある老年の男性と、背筋を伸ばして

薄い紫のドレスを着、髪を緩く纏めて簪を差している老女はルカとルリエを見、ふと

口から息を吐き出した。

 ルリエはルカをかばうように一歩出ると、


「それはいい。先ほどの火事、自分の立場を忘れたのか」


 一文字の唇を噛み、ルリエは目を細くして言葉を受け止めた。


「もうしわけ、ありません」

「何人もの護衛が、お前の命を守っている。お前が炎の中に入れば護衛も入る。そして命を落とす。分かるか?」

「はい、己の命を疎かにしたこと面目ございません」


 ルリエは、ゆっくりと頭を下げて国王アルフガルドに礼をすると、すぐに「顔を上

げないさい」と今度は女性の王妃ヴィリエレーシが声をかける。


「王の言葉を真摯に受け止めたならば、わたくしから言葉はありません。よくぞ生きて戻りました」


 そう言ってヴィリエレーシはルカを見た。

「ルカ、ルートヴィヒを助けてくれてありがとうございます」

 えっ、と声を上げてルカは「いえっ、いえっ」と言葉を繰り返す。


 ルリエの本名はルートヴィヒであることは驚きだったが、それ以上に緊張感があった空気が辺りを包む。ルカは、正直に話そうと先ほどルリエに言った言葉を二人に、

言うと、空気は更に張り詰め、身じろぎもできない。


「……失う、というのはつらいことです。何年も心の中にしこりを遺すほどの。ルカ

それが貴女の本心であるなら、愚かの一言です。己が人形であっても、頭から瓦礫が落ちてくれば死ぬ。そういう事態もある可能性を考えて、いえ、考えられなかった」


 ヴィリエレーシは瞳を閉じてから息を吐き口にした。


「『死』は万人にあるもの。しかし自分に降りかかれば災厄の一言。たられば言う

には過ぎたこと。今はあなたたちの命があることだけを喜びましょう。そう命が」


 何か言いたそうな彼女にルカとルリエは瞳を交わし、幾分、空気が和らいだことで息を吹き返す。

 アルフガルドは備え付けのソファに座り、その隣にヴィリエレーシも座って、手で

ルカとルリエが座るよう促した。

 それに逆らう意味もなく、ルカを抱き上げてルリエは二人の前に座る。


「言いたいことはたくさんある。学院のことや人形店を再開したやら、街を嫌っていたのに出てくるようになった、とかな。だが、一番聞きたいのはこれだろう。何故、

人形のルカが動いたか」


 は、とルリエは顔を上げて父を見た。

 兄との対面で話は通されているだろうし、人形が動いたという一大事はエルリックからも色々と具申されていることだろう。


「お前の母ルカは人形を制作した際に、お前と同じことを言った。いつか動く、と。それは「開戦と同時期になるかもしれない」と」


「えっ」


 そう言葉をもらしたのはルカだった。自身の眠りから覚める合図が戦争の合図だと

目を見開いた。


「ま、まってください。そしたら、わたし」

「ルカ」


 台詞をヴィリエレーシが塞ぐ、首を横に振り、最後まで聞きなさいという合図だ。


「前提が違う。ルカは「人形が動く」と言った。それは月の光りが力となって頭部に

ある水晶玉に『魔力』がたまり、その魔力の塊となった石と今見えている伸びた糸が

結ばれることで「動く」と希望的観測だとルカは言っていた、だが」


 アルフガルドはルリエを見て、その口を開いた。


「ルートヴィヒ、いやルリエのよすがになればいいとも言っていた。幼いお前を置いていってしまうことに、ずっと心を痛めていた。私たちの家族仲はルカのおかげで、

良好になり、その中に、お前も入っていた」


 そうはいかなかった、とアルフガルドは首を振る。


「誰かがずっと、お前のそばにいることはできない。周りから口々に言われる悪辣な

言葉に対して否定し慰めるのは難しかった。すまない、ルリエ」

 

 ああ、とルリエは肩の荷が下りたようで、ぽろりと頬から涙が落ちた。全てを嫌っていた。でもそれは自分のせいだと言っていたルリエは、ちゃんと分かっていたのだ。一人ではない、けれど、どう求めればいいか分からない。

 そして、どんどん孤立していく。それがどんなに心を苦しめたことだろう。

 アルフガルドの言葉は「もう大丈夫だ」と言っているようなものだった。


「話がそれてしまったな。ルカ、この城の下にある玉を見たか?」

「はい、外観から」

「あの通り、様々な魔力石が世界にある。我が国にあるのは水を湧かせ、浄化する石だ。そこから、ルカは人工的に魔力の石を作り、一般向けの石を作れないかと研究していた」


 ふうと大きくため息をつくと、ルカを思い出しているのか、アルフガルドは小さく

笑った。まるで子供がいたずらした時に許すような顔付きだ。


「木々のいらない炎が出る石、井戸から汲んでこなくてもいい水が出る石。様々と、

研究していたよ。しかし、うまくはいかなくてね。そして目をつけたのが月などの、自然にある魔力だった」


 それは微々たるものだとアルフガルドは言う。

 涙を拭いたルリエは父の言葉を背筋を伸ばして聞いている。なにせ、これはルカの

話なのだ。自分が理解しなければ始まらないし、戦争という言葉に心に一抹の不安が

ある。


「では、月の魔力を信じてルカで実験したと?」

「簡単に言うなら、そういうことになるな」

「そこから、どう戦争につながるのですか」

「ルカが考えることを他国が考えていないと思うか?」

「それは……」


 ルリエは押し黙った。母ルカの突飛な行動に驚かされた人々はたくさんいる。

 だが全てが新しい考えで、事を収めた訳じゃない。

 いつか誰かが思いつくものは無限にある。


「卵が先か鶏が先か。元々昔からクエ国には怪しい噂が多数あった。だから、

こそだろう。ルカは人形が先に起きるか、クエ国が動くか、予想が難しい」

「では、火事で叫んでいたあの男は逃げてきたと言っていました。それは?」

「聞けばクエ国から逃げてきたという。人間を使って実験されるから、と」


 簡単だ、とアルフガルドは言う。


「クエ国は人間を使って人体錬成の『巨人』というものを造っている」


『巨人』は大勢の人間を元にして造る巨大なゼリー状の「生き物」だ。頭の上に

「核」となる石が存在し、身体は人間の血肉で造られる。


「人体錬成の禁忌は「大量の人間」を使うところにある。しかし、一回で成功する訳ではない。何度も実験してきたはずだ。彼が逃げてきたならば考えつくのは容易い。

奴隷も国民も使ったのだろう」


 ルカのせいではない。たまたま目が覚める時と戦争になるかもしれない、という、

時期が重なってしまっただけだ。

 とアルフガルドは締めくくる。


「もう、開戦は間近なのです」

「何故、我が国なのですか?」

「簡単ですよ」


 はっきりとヴィリエレーシは「隣だからです」と答えた。

 こんな理不尽な答えがあってたまるか。しかし、そうなのであろう。巨人がどういうものかは分からない。予想しか出来ない。そして、新たなる実験として目を向ける先は『隣国』なのだ。


「ルリエ、ルカ、二人には酷なことを言うが」

「あなた、わたくしが言います。この戦争の為にルカが遺したものがあります。その巨人の核を壊す為の、貴女、ルカが兵器になれることです」

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