第十二話 炎

 さてと甘い甘い夜を過ごしました、とはならないのが二人でした。

 二人同時に起きて、ご飯を食べ、昼にはルカは学校へ。そういう予定だというに。


「ですから、学校にはわたし一人で行けます!」

「なにかあるかもしれないだろ、急に男が声をかけてくるとか」

「ルリエ様の言っている下心がある男性なんていません!」

「し、下心!?」


 ルカの鋭い刃がルリエを突き刺した。

『愛している』と言われてルカは嬉しかったが、いまだにその全容が曖昧で、あまりよくは分からない。

 知らないうちに育っていた感情に身体も新しい心もついていけないのだ。

 しかし、分かることは「大切にされている」ということ。

 これだけは前世でも「分かっている」

 そして、この間からるりの顔がちらちらと頭の中で反芻しては消えていく。


「とりあえず、授業に遅れてしまいます!」

「そうだな! 送ってく!」

「もう! ルリエ様の、ルリエ様の、えっと、もう、あ、分からず屋!」


 ぷい、と後ろを向いてドアを開けて通りに出ると、そのさらに後ろからドアを開閉して施錠する音が聞こえた。

 どうあってもついてくるらしい。

 そのまま会話もなく緩やかな坂を降りていくと、いつも通りの街に出た。

 今日も活気があって素敵に見える。

 るんるん気分がルリエがついてくことによって気分が下がっていく。

 くるっと振り向いて、不貞腐れた「顔」で抗議すると「うっ」とルリエが声を出した。やはり、好き人の不機嫌顔は見たくないのだろう。

 何を言うこともなく、ルカは、またくるりと回って学校へ歩き出した。

 分からず屋と言ったものの、心の端っこで、このままでいたいとも思う。

 平和のまま、笑い合えるまま、そしたら『愛している』も分かるかもしれない。


「キャァア! 火事よー!」


 そんな思いが砕かれた瞬間だった。

 一人の女性が、煤を服につけながら、必死に叫びながら走って行く。


「ルカ!」


 ルリエに腕を引かれて抱きしめられ、女性が逃げてきた方向を見た。

 煙が上がり、レンガの壁を炎が舐めている。

 まだ全焼とは行かないがパニックになるのはしょうがない。


「全員、水道から水を運べ!」


 その言葉に何人かの男性や女性が素早く動いて消火活動を始めた。

 まだ火は小さい方だ。小火騒ぎで済むだろうと、誰もが思っていた時、


「だれかぁ! おねえちゃんを助けてぇ!」


 聞き覚えがある声に、ルリエの拘束から抜け出してルカは走り出す。

 いたのはミラだ。少しだけ服が汚れている。

 ルカが抱きしめた瞬間に、ボンッと爆発音が建物から鳴った。

 見上げたルカは、建物が二階建てであること匂いや避難している人を見て、ここが病院だと感づき、ミラに問う。


「ミラさん、ルカです。ルカですよ、どうしたのですか、アメフィさんが病院にいるのですか? ここにはいないのですか?」

「おね、おねえちゃん、にげおくれた人……たすけるって」


 つんと鼻の奥が痛んだ。それは誰かを失ってしまうのではないかという不安が、身体の中で駆け巡る時になる。


「ルカ! ミラ!?」

「アメフィさんが病院の中に!」

「ミラ、アメフィはどこにいくと言っていた!?」

「いっかいの、はしっこの……からだがうごかないひとのとこ」


 ミラは一階の、まだ消火が出来ていないところを指さした。

 炎はいまだに壁を舐め、消火活動をしていると言っても、すぐに消えるものじゃない。二階も含めて倒壊の恐れがあり、爆発にかけて火の勢いが強くなりつつある。


「……ミラ、待ってろ」

「ルリエ様!?」


 運ばれてきた水桶一杯を頭から被り、ルリエは炎の中に入ってく。

 ひっ、とルカは声を上げた。

 ルリエを失ってしまう。言葉が頭の中をよぎる。大切な人が死んでしまう。

『ルカ? ルカぁ! やだよぉ! ルカぁ!』


「あっ、あっ、ああっ! わたしは、なんて、ことをっ」


 震えながらミラを抱きしめていると、何人かの大人がルリエが突入したことに気づいて、消火活動場所を変えた。

 るりの声が聞こえる。AIは人間を守る為にいる。間違いはどこにもない。

 使用者を守る。これこそAIのプログラム。エラーを越えてまで行う行為。

『ルカぁ!』

 るりは、わたしに、それ以上の愛情をくれていたのに、知っていたのに。

『その笑顔が愛おしく思っていたのに!』


「貸して下さい!」


 気づいた時には、フェイスベールを脱いで、ルリエと同じく水を被って、炎の中に

飛んで入った。

 ミラが言っていた端の病室へ行くには、すでに木らしきものが斜めに倒れ、通れなくなっていた。

 それに飛びつくとルカは汚れるのも少し焼けてしまうのもかまわず、全身の力を、振り絞ってガタンッと廊下に転がす。

 

「はぁ、はぁ、ルリエ様ぁ! アメフィさん! どこですかぁ!」


 人形が背を低くする必要はない。二人と患者を探して歩き回ると、三人が腰を低くして細い木に進路を絶たれていた。


「いま、助けますから!」


 先ほどと同じく燃える木をどけると、ルリエから名前を呼ばれた気がしたけれども

ルカは、


「背を低くして、道になりに進んで下さい!」


 アメフィはルカの言葉を聞いて、背を低くしながら患者の脇に手を滑り込ませた。それにルリエは足の方を持ち上げると出来るだけの力と速さで入り口に向かっていく。

 ルカは前方に何か落ちてきたら対応しようと一番前にいた。

 長い時間に思えたが、どうにか入り口に辿り着くとルカは後方に戻り、


「二人とも、早く、早く、出て下さいっ」


 もう出るのが終わろうとした時、バキッと嫌な音がした。

 瞬間、ルリエの上に燃えた木々が降り注ごうとしているではないか、ならルカが取る行動はただ一つ。

 背を押した。

 どうせ人形だから、という気持ちもある。でも一番は失うことが怖かったから。

 あの恐怖を与えてしまった罰、しかし、これから恐怖させてしまう罪。


「ルカぁ!」


 出入り口前だというのに、木々はルカの足を挟み、動けない。


「ル、リエ…様」


『ごめんなさい』をるりに言えればいよかったなあ、とルカは心の底から想った。

 でも、今回は違う。ルカには好きに動けるような身体がある。


 ぐぐ、と上半身を持ち上げて、匍匐前進をするように身体を前方に向かって伸ばす

その時、ばきばき、と嫌な音がした。それが何か分かっているけれど、手を差し出しているルリエの手を取れば、その音はバキンッと潰される。


 ルカは引っ張られた反動でルリエの胸の中に飛び込む。

 誰もが足が潰れて折れているだろうと予想していたが、現実は違った。

 膝から下がなくなっているのを見て、誰もが目を背けようとしたが、多数は、目を

背けることができない。

 何故なら、ルカの膝から下は太く白い糸が伸びていたからだ。


「なに、あれ……」


 誰かが口にする。

 ルリエは着ていた上着をルカの足にかけたが遅い。人の好奇心は強く、ざわざわと

周りは口々に何かを言う。


 なんだ、あれは

 しろいいと?

 あしは?

 なにかわれたような音


「それより消火活動だ! みな手伝え!」


 水を運んでいた男性が声を張り上げるが、疑問を向けた何人かが、はっとしてから

参加するだけで、周りの疑念が大きく膨らみ、それを確実にするように男の声が張り叫ぶ。


「なんっなんだよっ! ここもかよ! ここも人体錬成してんのかよ! なんで、逃げてきたのに! ぜんぶ、全部捨ててきた! おれは! 家族みんな捨ててきた! なのになんで! ここもかよ! この国もかよ!」


「逃げてきた」と男性は叫び続け、暴れた。腰が抜けてしまったのか、地面の上で、のたうちまわるだけで何度も何度も同じことを叫んだ。


「ウォレス、あの人を捕まえて!」


 聞いたことのある声が聞こえてルリエとルカは顔をあげる。

 男はウォレスによって捕らえられ、捕らえられた男は「おしまいだ」「もうだめだ」と口にして涙を流していた。


 上着から隠せなかった白い神経をすくいながら、ルカの体を持ち上げてルリエは

「エルリック」と呟き、どうするか、と口にする。


「……おふたりとも、すみませ」

「何も言うな」


 野次馬は「人体錬成?」「あのルカが?」と口々に言い、そんな中をルカを抱きしめたルリエは歩いた。

 周りからしたら、それが答えだと言っているようなもので、


「あんたたち、無事なのかい!?」

「ハンナさん」

「すまない、ハンナ、先を急ぐ」


 それでも声をかけてくれたハンナには悪いと思いつつ、二人は火事場から逃れて、

汚れた服装のまま王城に来ると、扉は「わかってた」と言うかと開けられてルリエは

中に入った。


 ルカは知らないが、フェグが迎え「こちらへ」と一室に通すと、ルカの着替えを使用人に任せ、もう一室にルリエは入ると程なくして金髪で碧眼の正装を身に纏った、ルリエがルカの前に現れた。


 ルカは、実は王子様でした! 異世界あるあるですね、と口にできず、ただ瞳を伏せてる。ルリエは怒っているだろう。なんで来た、と


「俺が無茶をしたのは百も承知だ。ルカ、自分が陶器だから炎の中に入ったのか?」

「それも、あります。でも、わたしは貴方を失うのが怖かった。なら、それならと、いっそのこと貴方と……」

「……それは……ルカ」


 そこから言葉は続かなかった。

 重い空気の中、裂いたのは、


「……久しぶりに顔を見たな」


 現れたのは国王アルフガルド・アイルハルト・ツォルフェラインと、その後ろに、

王妃ヴィリエレーシだった。

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