クラスメイトの女子に「小さい」のがコンプレックスだと打ち明けられた。よし、何とかしてやろう!

こばなし

勘違い男、井波傑の原罪

「ねえ、井波くん。昨日のバレーボール見た?」


 昼休みの屋上。

 唐突にクラスメイト――結城初乃ゆうきはつのが話しかけてくる。


「ああ、見たよ。すごかったな」


 俺、井波いなみすぐるの脳内に、昨夜テレビで見たオリンピックの女子バレー選手たちの姿が浮かぶ。

 その中でも特に強く思い浮かべるのは一人。


「特に冴島さえじま選手。マジすごかった」


 女子バレー日本代表の冴島さえじま選手。

 彼女はスポーツマンながら、抜群のスタイルを武器にモデル業でも活躍する二刀流である。


「ね! ほんと、すごかったわ。私も、あんな風になりたい……」

「なんだ、結城。お前、オリンピック選手にでもなりたいの?」

「違うわよ。そうじゃなくて、ね、」


 結城はそこまで言って言いよどむと、なぜだか頬を赤らめてもじもじとし、それから。


「私も、あんな風に……大きくなりたいなあって」


 え?


「私ね。実は……のがコンプレックスなの」

「そ、そうだったのか」


 恥じらいながら語った結城に気付かれぬよう、彼女の胸元にチラリと目を向ける。

 ……なるほど、確かにコンプレックスに思うのも不思議ではない。


「い、井波くんにだから教えたんだからね? 誰にも言わないでよ!」

「あ、ああ、分かった。でも、なんで俺にだけ?」

「あなたなら、色々と知ってるんじゃないかな、って。大きくなる方法とか」


 いや、俺に育乳の知識なんて無いんだが!?

 そこは女子同士で話したりするもんじゃないの?


 ……まあでも、信頼してくれるのは嬉しい。

 実は、結城のことは以前から異性として気になっていたしな。

 ここは彼女の信頼に応えよう。


「分かった。まあ、力になれるかは分からんが、少なくとも相談くらいは乗るよ」

「井波くん……ありがとう」


 ほっとしたように微笑む結城。俺はこの笑顔を守るべく、まずはなけなしの育乳知識を伝えることにした。


「大きくするには、揉――」


 揉むといいらしい、と言いかけて言葉を飲み込む。

 さすがに直接的な表現はデリカシーが無いと思われかねない。


 強気で男勝りな一面のある結城のこと。

 不適切な発言をすれば、


『このド変態!』


 という罵声と共に、平手打ちを食らわしてくるかもしれない。


「――マッサージするといいらしい」


 俺は慎重に言葉を選び、結城に伝えた。が、


「マッサージ? 意外ね。どこをどんな風にするの?」

「どこをどうって、お前、」


 そこまで俺に言わせるなよおおお!

 と内心で叫びつつ、脳内ではうっかり結城の『結城』を自らの手で揉みしだく想像を浮かべてしまい……


「ぶっ」


 両の鼻の穴から赤い液体が跳び出した。


「きゃっ!? ちょっと、大丈夫!?」

「だ、大丈夫。これくらいどうってことない」


 結城から差し出されたティッシュを鼻に詰めつつ、虚勢を張る。

 気になる女の子が俺を信じて頼ってくれたのだ。これしきでたじろぐわけにはいかない!


「他にも、牛乳を飲むといいって言うよなあ」

「それ、よく聞くわよね。でも……あまり効果が無かったの」


 しょんぼりうつむく結城の視線の先に、なだらかな双丘があった。


「それじゃあ、他の生活習慣はどうなんだ?」

「睡眠とか、運動とかってこと?」

「そうだ。身体の成長には、食事のほかに質の良い睡眠と、適度な運動も大事だぞ」


 かく言う俺も、生活習慣については親から厳しく指導されてきた。

 そのおかげで、みんなから「ガタイが良い」「身長高くてうらやましい」と言われるくらいの身体を手に入れている。

 胸がどうなのかよく知らんが……おなじ身体の一部。成長する理屈に大差は無いだろう。


「へえ。そこまでは徹底出来てなかったかも。さすが井波くん、詳しいのね」

「そ、そうだな……」

「どうしたの? あんまり嬉しくなさそうだけど」


 育乳について詳しいみたいに思われると、複雑なんだよなあ……。


「とりあえず、今教えてもらったことを実践するとして。他には無いの?」

「何かあったかな……ああ、そう言えば、さっきのマッサージの件の補足。好きな人に揉ん……じゃなかった、マッサージしてもらうと、大きくなるらしい」

「へ、へえ、好きな人、ねえ」


 結城は俺の発言を反芻すると、ほんのりと顔を赤らめた。

 な、なんだよこの恋する乙女みたいな顔。

 まさか、好きな奴がいるのか……!?


「結城にはいるのか? その、そういう相手」

「ええ。気になってる人がいるわ」


 やっぱり、そうなのか……。


「背が高くて、体格が良くて、話しやすくて……それからとっても鈍感な人よ」


 最後以外を除けば、イケメンを絵に描いたようなヤツだな。


「私の気持ち、ぜんぜん気付いてもらえなくて……いつももどかしいの」


 こちらを見る結城の目が、怒りに満ちた目つきへと変わる。うむ、よっぽどそいつに気付いてもらえなくて辛いらしい。

 はあ、許せねえわあ。

 こんなに可愛い結城の気持ちに気付けない鈍感男……ツラを拝ませてもらいてえもんだ。


「話を戻すわね。つまり、適切な食事、運動をして、マッサージをしてもらって、質の良い睡眠をとればいい、ということね?」

「まとめるとそうなるな」


 しかし、どうしてこの子はそこまで大きさにこだわるのだろう。


「なあ、どうしてそこまでして大きくなりたいんだ?」

「そうね。やっぱり、その……気になってる人の隣に立った時に、その人が恥ずかしいって思わないようになりたいから、かしら」


 つまり、結城は相手が恥をかかないように、自分の外見を磨きたいということらしい。

 でも……


「俺は、今の結城だって充分魅力的だと思うけどな」

「え?」


 俺は彼女に自信を持って欲しくて、つい、ストレートに伝えてしまう。


「恥だなんてとんでもない。結城はマジで可愛いと思う。性格だって最高だし、強気でかっこいいところも、友だちに優しいところも……めちゃくちゃ良いと思う」


 そうだ、俺はそんな結城のことが好きになったのだ。


「小さいとか大きいとか、そんなのは表面的な話でしかない。お前の魅力は、そういう外見的な所だけでは到底語れない」

「……」


 一方的な俺の話を、結城は黙って聞いてくれている。


「だから大丈夫だ。お前と並んで歩くことが恥ずかしいなんて思う奴は、たぶんほとんどいない。少なくとも、俺は結城と並んで歩けたら、誇りにすら思うだろう」

「井波くん……」


 結城はわずかに瞳を潤ませて、今まで見せたことのないような柔らかなほほえみを浮かべた。


「えへへ……杞憂だったわね。あなたがそう言うなら、最初から悩む必要なんてなかった」


 結城の笑顔が弾ける。ああ、可愛い。

 この笑顔が他の男に向けられると思うと、嫉妬の炎で身も心も焼き尽くされてしまいそうだ。


「じゃあ、無理に大きくなる必要は無いわね」

「ああ。むしろ、世の中には小さいのが好きな奴もいるくらいだ」

「……井波くんは、どちらかというと、どっちがいいの?」


 ええ!? すげえ答えづらいこと聞いてくるじゃん、この子。

 まあでも、答えは決まっている。


「お、俺は、小さかろうが大きかろうが、好きな相手だったらどちらでも」

「そ、そっか」


 顔をふいっと背け、赤面する結城。

 恥ずかしがるなら最初から聞くなや!


「まあでも、本当に良かったわ。これからは無理に伸ばそうとする必要は無いわね、身長」


 ……ん?

 身長??


「身長? 今、身長って言った?」

「え? ええ。身長って言ったわよ」

「なんで?」

「なんで、って……今まで身長に関してさんざん話してたじゃない。井波くんは身長高いかし、ガタイ良いし、そういうの詳しいんでしょ?」


 は……

 はあああああああああ!?

 え、なに、胸の話じゃなかったの?

 おっ〇いの話じゃなかったのおおおおお!?


「あっ、そうだったよな。そう、身長の話だったよな」

「……井波くん。何の話だと思ってたわけ?」

「あー、ええと、その……」


 ずいっと詰め寄ってくる結城の、鎖骨から下に思わず目が行く。


「いや、身長の話だと思ってたよ? うん!」

「井波くん……」


 やべ、気付かれたっぽい。


「この、ド変態エロスケベ男ーーーっ!!!」


 悲鳴に似た罵声と同時、ぱちーんという快音が、屋上の空に響いた。


***


「もうっ、ほんとサイテー……ほら、これで冷やしなさい」

「冷たっ!」


 数分後。俺は冷たい飲料の入ったペットボトルをほっぺたに押し当てられていた。

 屋上に設置されている自販機で、今しがた結城が購入したものである。


「まあ、私もちゃんと確認しなかったのは悪かったわ。でもまさか、胸についての話だと思われてたとはね」

「……スミマセン」


 ただただ平謝りすることしかできない、俺(ド変態エロスケベ男)。


「分かってるわ。井波くんも男の子。脳内がお〇ぱいでいっぱいな時だってあるんでしょうよ、きっと」

「くっ……!」


 否定したいけど、今否定しても説得力ゼロなんだよなあ。


「……でも、そのままで良いって言ってくれたのは、嬉しかったわ……」

「ん? 何か言ったか?」

「別に」


 そう言うと結城は、俺に背を向けた。


「ほら、そろそろ教室戻るわよ。昼休み終わっちゃうから」

「お、おお」


 こうして気になる子からの育乳相談……もとい、身長についての相談という、一大イベントは幕を閉じた。


 その後、やたらと結城が俺に近づくようになり――


 やがて彼女の想い人が、毎日のように鏡で見ている誰かさんだったと知ることになったのは、また別の話。


<了>

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クラスメイトの女子に「小さい」のがコンプレックスだと打ち明けられた。よし、何とかしてやろう! こばなし @anima369

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