第29話 射抜く



 希久が帰ってから数日たって、安川が見舞に来た。

 彼は旅装束姿で、帰国が早まったので最後に見舞に来ました、と云った。


 善兵衛は病人だから会わせたくないと最初に断ったのだが、一度帰国すると、次に江戸に来るのはいつになるか分からない、わざわざ寄ってくれたのだから、と小三郎の方から会うと答えたのだ。


 布団はすでに片付けていて、小三郎が部屋で待っていると、安川は、ここは静かなところですね、と入って来て云った。そして、貴方の無事な姿をこの目で見ないと国元には戻らないつもりでした、と明かした。


 安川もまた苦しんだのだろう。顔を見ればわかる。

 彼はまだ、十六なのだ。

 弟は、十五でまだ元服もしていないが、たった一つ違うだけで、こうも違うのか。


 会ってみようと思ったのは、英之助の愛した人をきちんと受け止めようと思ったからだ。

 二人のためを思ってしたことだったが、どうして安川は国元くにもとに戻るのか、自分が生き残ったことで迷惑をかけてしまっただろうか、と謝りたかった。しかし、どう謝ればいいのかも分からない。

 まずは、彼が医者を呼んでくれたおかげで命が助かったのだから、お礼を言うべきであろう。

 小三郎が助けてくれた礼を云うと、安川は複雑そうな顔をした。


「貴方という人は一体何を考えているのですか?」

「え?」


 安川は出されたお茶をゆっくりと飲んだ。


「もう、体はいいんですか?」

「うん。少しずつ外に出て歩けるようになったんだ」

「じゃあ、善兵衛さんは大げさに云っているんですね。彼の話では、貴方は瀕死の状態だそうですけど」


 小三郎は少し笑って首を振った。


「俺は大丈夫だよ。善兵衛のことは許してやってほしい」

「怒っているわけではありません」


 安川はふうと息を吐いた。

 部屋が静かになる。

 おもむろに安川が下を見たまま、話し始めた。


「……。わたしは、英さんのことを小さい頃からずっと憧れて見てきたんです。たぶん、貴方なんかよりもずっと英さんのこと、知っています」


 英之助の名前を聞くだけで、胸がちくりとした。

 小三郎だって、ずっと英之助と共に歩いてきた。自分より英之助を知っているから、と云われて云いたいこともあったが、ぐっと我慢した。


 口を挟まず、静かに彼の話を聞いた。


「病人にこんな事を云うのは間違っているのかもしれません。ですが、ここで貴方にぶちまけて帰ることに決めたんです。わたしは……、つらかった。本当は、すごくつらかったんですっ……」


 安川が膝の上でこぶしを握り締め、肩を震わせた。


「貴方に決別されてから英さんが……、自分の知っている英さんではなくなっていきました。自暴自棄になり、酒を飲んで……。何とか助けたくてそばにいましたが、どうしていいか分からなかった。そのうちに、貴方のことを忘れようと、そばにいるわたしに目を向けてくれるようになりましたが、本当にわたしを愛してくれているのか、自信がなかった。英さんにしがみついていたのは、わたしなんです。お互い同じ時間ときを過ごしていましたが、英さんの心はいつもどこかをさまよっていました。苛々したり何かを後悔したり、落ち着きがなくて、落ち込んでいる様をこれ以上見ていたくなかった」


 安川は声を震わせ、今にも泣きだしそうだった。聞いている小三郎の胸は張り裂けそうで、自分の立場が彼らを苦しめたのだと思い、つらかった。


「なぜ、はたし状なんて書いたのですか?」


 安川は赤い目をして、小三郎をまっすぐ射抜くように見た。

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