第18話 斬られる
浪人と分かれて、ふらつく自分を叱咤し、なんとか長屋へ戻った。
すぐさま着替えようと居間に入ると、善兵衛が待ち構えていた。
「お帰りなさいませ」
「うん」
善兵衛はなにか云いたげだったが、小三郎が着替えようと袴の紐を外しにかかるとすぐさま手伝い始めた。
「うぁっ」
その時、突然、善兵衛の引きつったような声がした。
「なんて声を出す、驚くじゃないか」
注意すると、善兵衛が素早く着物を隠した。
「なぜ隠す」
「いえ、なにも」
「なにもじゃない、見せろ」
しずしず差し出された着物を畳の上に広げると、左の袂の裾がすっぱりと切られていた。
「切れているじゃないか」
「若旦那さま、ちと失礼いたします」
腕をつかみ、脇下を確かめる。
「切れているのは着物だけではございません、貴方も斬られています」
「え」
絶句して脇下を見ると、ひと筋の線が走っていた。
「ああ、言われてみれば、ちりちりする」
「浅手です、大した傷じゃありません」
「いつだ?」
「気づかなかったんですか?」
呆れたように云われ、罰が悪かった。
「紙入れはございますか」
「ないようだな」
「物盗りのしわざですな」
「ふーむ」
小三郎は思い出そうとして、大きく息を吐いた。
居酒屋で見た安川のうれしそうな顔をいち早く思い出して、考えるのがいやになった。
「もういいよ」
「そうはまいりませんっ」
善兵衛が声を荒立てた時、襖の向こうでうねの声がした。
「若旦那さま、お客さまがお見えでございます」
客と聞いて、もしや英之助かと思ったが、それだけはありえないだろう。
小さく吐息をついた。
「すぐに行く。誰だ?」
「それがあの……」
「なんだ? 客とは誰だ?」
「池上さまです」
籐七の名前を聞いてから、胸がざわめく。
「急ぎの用か?」
「はあ、そのようでございます」
「分かった。すぐに行く」
表玄関へ行くと、土間に籐七が立っていた。
「夜分に申しわけない」
「かまわない、なにかあったのか」
「柴山……」
いきなり、籐七は顔をくしゃくしゃにすると、土間に向かって泣き出した。
「若さまを助けてくれ。もう、幾日もお屋敷に戻っていない」
「えっ」
籐七の話は、小三郎を追いつめる内容だった。
小三郎と別れてから行動が派手になり、最初は
「俺が間違っていた。俺が意見を申し上げたことが仇になったのだ」
籐七の嘆きに小三郎は蒼ざめた。
離れている間にそんなことが起こっていたとは知らなかった。
「それで、英之助はどこに」
「安川のところだ」
安川のところに居続けていると聞いて、胸がきりりと痛んだ。
「分かった……。安川には、俺のほうから気をつけるよう話をつける」
「柴山……。かたじけない」
「お前も気に病むな」
「うん……」
籐七がこれほど取り乱すとは、手の打ちようがなかったのだろう。
籐七が帰ってからもなかなか寝付けられなかった。こうしている間、安川と英之助は二人きりで過ごしているのかもしれない。
安川に対する嫉妬と英之助の無責任な行動に怒りが湧いた。
明日、はっきりと告げなければいけない。
小三郎は唇を噛んで、強引に自分に云い聞かせた。
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このたびは、拙作をお読みくださりありがとうございます。
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