第17話 相席




 見かけない浪人の男が手招きをする。女はちょっと眉をしかめたが、小三郎は相席を承知した。


「きれいな顔ですな、まれに見るお顔です」

「は?」


 席に着くなり、浪人はまじまじと小三郎の顔を眺めた。


「ここの女たちより貴方の方がべっぴんだ」


 小三郎は苦笑して相手にしなかったが、注文を聞きに来た女が、


「失礼な方だわ」


 と、軽口を叩いた。


「でも、ほんとうのことだからしかたないわね」

「話が分かるね、お前」


 浪人がうれしそうに盃を傾ける。


「けれど、お前もいい目をしてるね、澄んだ瞳だ。まれに見る瞳だ」


 先ほどと同じ口調なので、小三郎は吹き出した。


「笑った方がいいですな、笑っていないとしあわせになれないですし」

「久しぶりに笑ったかもしれません」

「久しぶりですか。私も久しぶりに和んだ気持ちになれました」


 浪人は年季の入った姿形をしていた。月代さかやきは伸びて総髪そのものだし、もう何年も剃刀を当てていないのだろう、顎の鬚もびっしりと顔を覆っている。袴も継ぎはぎだらけであった。


「あなたはおいくつですか?」


 浪人が訊ねた。


「私ですか? 二十二です」

「お若いですね、ひとまわり違うのだな」

「そうですか」


 相手のことを根堀り葉掘り訊ねる小三郎ではないので受け答えだけして、出された酒を少し口につけただけで肴をつまんだ。

 浪人はしたたかに酔っていていろいろ質問してきたが、小三郎はかるく相槌を打ちながら、外から入って来る客に注意していた。

 そのとき、縄暖簾の向こうに二人連れの武士が現れた。小三郎はさっと顔を伏せた。英之助と安川だった。浪人が気づいて、


「どうされました?」


 と、不思議そうに聞いた。


「いえ、なんでもありません……」


 小三郎はそわそわして壁の方に顔を向けた。

 二人が一緒にいるところを見て、たちまち後悔していた。


 なぜ、ここへ来てみようなどと思ったりしたのだろう。

 胸が張り裂けそうなほど痛く、心臓の音が耳元で大きく鳴り響いている。


「顔色が悪いですな、酔いましたな」


 浪人が云って女を呼んだ。

 小三郎は云われるままに懐から紙入れを出し、浪人の分まで勘定を済ませると、出ましょう、と云う浪人に従って外へ出た。

 二人が小座敷へ入って行くのが見えると、ますます気が滅入った。


「ご自宅まで送りましょうか?」


 浪人が親切に云ってくれたが、小三郎は断った。


「結構です。帰れますから」

「そうですか、ご馳走になりました」

「いえ、それでは失礼致します」


 くるりと踵を返し、逃げるようにその場を離れた。


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