第15話 哀切



 苦しい。英之助のことを考えると、苦しくてたまらなくなる。


「小三郎、なにを考えている」


 何も云わなくなった小三郎に、英之助が不安そうに云った。


「なかったことに――」

「え?」

「お前との関係はなかったことにしてくれ」


 心臓の音がうるさい。だが、開いた口は容易には閉じなかった。


「お前についていくと誓ったが、あれはなかったことにしてくれ」

「なんだと?」


 瞬間、英之助の目はぎらぎらと光り、その強さに小三郎は身震いをした。


「ほんきで云ったのか?」

「俺はほんきだ」


 英之助の目がかっと見開いたかと思うと、すさまじい力で衿をつかまれた。


「俺は云ったはずだぞ、お前以外の人間を愛することはできないと」

「前みたいに友だちに戻ろう」

「友だちに戻るだと? なにを云っている。戻れるわけがないっ」

「俺の話を聞いてくれなければ、たもとを分かつつもりだ」


 英之助は目を見開いた。


「籐七がなにを云ったか知らないが、俺のことを信じてくれないのか?」


 小三郎は唇を真横に結んだまま、首を振った。


「籐七は関係ない、俺が自分で考えたんだ」

「小三郎っ」


 英之助がふたたび力を込めて、衿元を締め上げる。


「いいか、よく聞け、俺は何度だって云ってやる。お前の代わりなんかいない、生涯、お前ひとりを愛する。俺は一生独身でいる」

「それが迷惑だと云っているんだっ」

「小三郎っ」


 ぐいっと衿をつかまれ、地面にたたきつけられた。


「離せ、英之助」

「撤回するまで離さない。俺は認めないっ」

「離してくれ」

「分からないのかっ」


 仰向きに倒れた小三郎の腹の上にまたがってきた。


「なにをするっ」

「絶対に俺はお前を手放すつもりはないっ」


 あっと思った時、急所を握られた。

 小三郎は、下半身に痛みを感じて強く目を閉じた。


「なにを……」


 初めて触れられた部分に小三郎はびくりと体を震わせた。

 英之助が合意もなく貫こうとしている。

 このままではいけない。小三郎は飛びそうになる意識を支えながら、脇差を探した。倒れた拍子にどこかへ飛んだらしい。手を伸ばして夢中で探すと、頭上に落ちている短刀に気づいた。取ろうとすると、英之助が翻弄してくる。


「やめっ……英之助……っ」


 脇差から手が離れる。懇願したが、英之助は苦しそうな顔で見つめ返した。

 涙で濡れた顔がひりひりした。


「小三郎……」


 英之助は小さく呟いた。


「ま、待て……」


 小三郎は、なんとか拒もうと再び手を上げた。脇差に手が当たる。

 英之助が容赦なく貫こうとしようとした時、必死で腕を伸ばし手に取った。すらりと刀身を抜き、自分の首筋に当てた。


「そ、それ以上のことを……やると、俺は……のどを突く」


 英之助は茫然とした顔をしていた。


「腕をどけてくれ…」


 英之助は上体を起こし、小三郎から離れた。


 目が合うと、


「小三郎……」


 と呟いて、手を震わせながら、小三郎の乱れた着物を搔きあわせた。


「……お前の気持ちは……よく、分かった……」


 しぼり出すような声がした。


 その言葉を聞いたとたん、自分が取り返しのつかないことをしたのだと悟った。

 英之助は立ち上がろうとした時、体が揺れて地面に手を突いた。

 小三郎は声を上げそうになったが、英之助は幽霊のように立ち上がり、肩を落として歩き出した。


 小三郎はたまらなくなり、その背中にすがろうとした。が、英之助の哀切あいせつの言葉を思い出すと、足がすくんだ。


 これでよかったのだ。自分は間違っていない。

 小三郎は、英之助の後ろ姿を見つめたまま自分に云い聞かせた。



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