第14話 苦悩



 橋の上から離れ、人けのない場所に移動すると、英之助は立ち止まって小三郎の肩をつかんだ。


「籐七はなにを云った」


 小三郎は、乱れた息を落ち着かせるため大きく息を吐いた。


「お前が……、十六の頃には経験を済ませたと……」


 英之助が息をのんだ。


「籐七の云ったことはほんとうなのか?」


 英之助の顔に苦悩の色が滲んだ。


「それは、ほんとうだ……。確かに、お前の知らない悪所をうろついていた時期があった。だが、それは理由があってのことだ」

「理由とはなんだ……」

「お前だ、小三郎」

「え――?」

「お前に気持ちを打ち明けられず悶々とする日々を過ごしていた。ああするしかなかった」


 小三郎は真っ青になって英之助を見上げた。握りしめたこぶしがぶるぶると震えた。

 自分がいったいなにに対して腹を立てているのか分からなくなった。


「元服してすぐのことだ。籐七にはうるさく云われたが、幼かった俺にはどうすることもできなかった。だが、前に云った通り俺はお前しか愛せないし、一生独身でいると――」

「どうして打ち明けてくれなかったのだ」

「え?」


 英之助が怪訝な顔で小三郎を見た。


「俺は、お前の友だちではないのか? 友だちが苦しんでいることを知っていたら、俺だって――」

「お前はただの友だちじゃないっ」


 英之助が見たこともないほどこわい顔で叫んだ。


「お前が欲しくて我慢できなかったから、ああするしかなかったんだ」

「俺のせいだと云うのか」

「違うっ」


 英之助がかぶりを振って、小三郎の肩をつかんだ。


「そうじゃない。どう云えば分かってもらえるんだ。俺はずっとお前だけを愛してきた。単純な話じゃないか」

「単純じゃないっ」


 十六の頃、自分はなにをしていた? 学問所に通い、道場へ通い、剣の道も学問も必死でやったが、特別にはなれなかった。その反面、ぐんぐんと大きくなっていく英之助にあこがれていた。

 その彼が、自分ではない他の誰かと体の関係にあったというのか。知らない誰かを組み敷いて、慾望のはけ口にしていたというのか。


 混乱でなにもかもが信じられなくなる。口づけひとつで喜びに満ち溢れ、籐七に追いつめられながらも、英之助ひとすじに悩んでいた自分は一体なんなのか。


 誰でもいいのだろうか――。


 冷たい汗が背中を流れた。

 英之助は早急にひとつになりたがっている。

 十六の頃、悪所通いをしていた彼は、自分ではない相手と関係を結んでいた。もしかしたら、自分ではなくてもいいのではないのか。

 籐七の、今だけだという言葉を思い出していた。



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