第13話 寄り道
安川が江戸に
話したいことが山ほどあった。
藤七の言葉を受けていろいろ悩んだが、一人で考えても仕方がない。
いっそ、正直に打ち明けて、二人で話し合うのもいいかもしれない。
自分はなんとなく寄り道ばかりしている気がする。進むべき方向を見失いそうだった。英之助とじっくりと話し合いたい。心から感じていた。
小三郎は久々に英之助に会いに行こうと外へ出た。
旗本屋敷へ向かう途中、偶然、屋敷から出てきた英之助の姿が見えた。小三郎はうれしくなって後を追いかけた。
「英之助、久しぶりだな」
振り向いた英之助は、小三郎だと分かると目を細めた。
「小三郎」
供についていた中間に戻るよう指示をすると、二人並んで歩き出した。
「久しぶりに顔を見た」
英之助がしみじみと云う。
「英之助は忙しいのだろう?」
「そうでもないさ」
と、笑って否定するのを見て、自分のわがままだと分かっていたが、忙しいのを理由に会えないのだ、と云って欲しかった。
「これからどこかへ出かけるのか?」
せっかく会えたが、用事では話は出来ないだろう。諦めかけると、英之助は首を振った。
「いや、汗でも流しに行こうと思っていたところだ。久々に出かけるか」
「うん、行こう」
英之助とゆっくり話ができる。
思わず心が浮き立った。
てっきり、よしの屋にでも行くだろうと思ったが、座敷ではなく居酒屋で酒を飲もうと云ってきた。
実をいうと、小三郎はいちども居酒屋へは行ったことがない。逡巡すると、知っているぞ、と英之助が云った。
橋の上で、小三郎は足を止めて不思議な顔をした。
「俺が居酒屋に行ったことがないなんて、どうして知ったのだ?」
「宗吉から聞いた」
「え?」
「大丈夫だ、宗吉は俺とお前の関係を知っている」
その言葉を聞いて頭が真っ白になる。息をするのを忘れてぽかんとした。
二人の横を駕籠かきが威勢よく駆け抜けて行った。
「おもしろい顔をしている」
英之助は笑ってから、
「宗吉は、
と、やさしい目をして云った。
小三郎は、目の前の男の気持ちがまったく理解できなくなった。
「英之助」
「うん、なんだ?」
「どうして安川に俺たちのことを話したりしたんだ?」
「そんなにたいしたことじゃない」
軽く受け流し、英之助は肩をすくめる。
「たいしたことじゃないって?」
小三郎がいきり立つと、歩こうと云って英之助が背中を押した。
人ごみに紛れながら、英之助が囁くように話し出した。
「前にお前がふさぎ込んでいたのは、籐七がなにか云ったからだろう?」
「え――」
小三郎は動揺して、顔をこわばらせた。
「俺にもうるさく云ってくる。誰かに打ち明けたくもなるさ」
「だから安川にしゃべったのか」
「宗吉は信用できる男だ」
小三郎は一瞬、かっとなった。
「だったら、俺に話せばいいだろ」
「お前とは最近、話す機会がなかったんだ。そんなに怒るとは思わなかった。謝るよ」
肩を軽く叩かれ、愕然とする。
「そんな単純な話じゃないだろ、俺とお前の問題だ。俺はお前のことで悩んでいたのに」
「なにを悩む必要がある。俺の気持ちが信用できないのか」
小三郎は首を振った。
「俺はお前のなんだ。なんなんだっ」
怒鳴ると、英之助の顔色がさっと変わった。
「籐七はなにを云った?」
「はぐらかすな」
「おかしなことを吹き込まれたな。全部でたらめだ。あいつは昔から――」
「昔から同じことを繰り返して来たということだな。お前は認めるのだな」
「なんの話だ? 俺にはわけがわからない」
英之助の顔がけわしくなり、小三郎の腕をつかんだ。
「離してくれ」
小三郎は腕を振りほどこうとしたが、英之助の力はすさまじくびくともしなかった。
「ここはまずい」
英之助が云って、小三郎ははっとした。
町人が立ち止まってじろじろ見ている。
急ぎ足でその場を離れたが、小三郎の体は熱く燃えるようであった。
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このたびは、拙作をお読みくださりありがとうございます。
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