第8話 羞恥




 正直に云って小三郎は、酒はあまり強い方ではなかったが、布団が敷いていることを気にしている自分を浅ましく思われたくなかった。


「あ、ああ、飲もう」


 大きく頷いて正面に座る。英之助が銚子を取って盃に注いでくれる。小三郎は一気に酒を呷った。


「おい、急に飲むと体に響くのではないか? 先に何か食べるか。腹は空いてないか?」


 英之助の云った通り、腹の中が燃えるように熱い。

 目の前にいる英之助の顔がぼんやりと見えはじめた。目をぱちぱちと瞬かせると、英之助が眉をしかめた。


「まさか……。お前、今ので酔ったのか?」

「酔ってなど……」


 そうは云ったものの座っているのがせいいっぱいである。英之助がそばへ寄って来て云った。


「寄りかかれ」

「……すまん」


 肩にもたれかかり目を閉じると唇に温かい息がかかった。気が付くと口づけされていた。

 拒む力も出ず、おずおずと手を伸ばすと、英之助は承諾を得たと思ったのだろう、かすれた声で囁いた。


「このまま、構わないか?」

「……え?」

「夜具が敷いてあるが……」


 困ったような声で英之助が云う。


「……構わない」


 背中を抱きかかえられ、ゆっくりと仰向けに寝かされる。


「小三郎、好きだ」

「お、俺も……」


 深く唇を塞がれ、舌をきゅっと吸われた。

 顔がほてってきてうまく英之助の顔が見えない。帯がほどかれると胸のあたりが涼しくなる。

 羞恥に頬を染める。気持ちがよくて頭がとろけそうになった。同時に目がとろりと閉じかける。


「小三郎……?」


 英之助の呼びかけに答えたが、確かではなかった。


「おい、小三郎っ」


 遠くで呼ばれている気がする。小三郎の意識はしだいに薄まっていった。






「すまん……。英之助……」

「気にするな」


 英之助は許してくれたが、眠りこけた小三郎が目を覚ましたのは、一刻(二時間)ばかり経ってからであった。

 一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

 気が付いたのは英之助の膝の上だった。英之助は、目が覚めた小三郎に一言、


「夕餉を食べ損なったな」


 と云った。


 英之助は怒ってはいなかったが、一緒に帰ろうと誘ってくれる顔を見ることが出来なかった。自分は少し酔いを醒ましてから帰るから、と丁重に断った。


 先に帰ってもらい、あとから茶屋を出ると、空はすっかり暗くなっていた。

 門限は酉の刻(午後六時)である。小三郎は急ぎ足で江戸屋敷に向かった。

 走りながら小三郎は何度も自分に問いかけた。

 なぜ、眠ってしまったのか。あれだけの酒で寝てしまうような弱い体ではなかったはずだ。


「すまん……英之助」


 ひとりごちれば、空しさが身に沁みた。

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