第4話 結婚はしない



 玄関へ向かう途中、英之助は静かだった。

 先に履物を履いた英之助は上がりかまちに腰を掛けて、玄関の外を眺めていた。


「英之助、行こう」


 声をかけると、英之助がこちらを向いた。自分を見る目は鋭く、小三郎は息を呑んで見つめ返した。


「ああ、行くか」


 英之助が立ち上がる。あとに従い外へ出ると、ひんやりとした風が吹きぬけ、傾いた日が山の向こうにゆっくりと沈んでいくのが見えた。英之助はなにか考えているようであったが、無言のまま歩き始めた。


 江戸屋敷の長屋が続く塀を南へ進んでいくと畑が見えてくる。その先に吸江寺ぎゅうこうじという寺が見えてきた。境内に人のけはいはない。


「あそこへ行こう」


 英之助が鐘楼しょうろうの向こうを指した。そこは本堂の裏手であった。

 空は薄墨色になっている。吸江寺ぎゅうこうじの裏は畑ばかりで深閑しんかんとしていた。

 前を歩いていた英之助は立ち止まると、ゆっくりと振り向いた。


「小三郎、俺は結婚をしないつもりだ。これまでも縁談は断っている」

「そうなのか」


 拍子抜けした。

 縁談は断っているというからには、いくつか話があったのだ。結婚しないつもりだという心づもりも初めて知った。


「どうして結婚しないんだ? お前ならきっと……」


 結婚相手の話をしようとして言葉が見つからなかった。あたり前のことなのに、なぜか今日まで想像したこともなかった。


「小三郎、驚かないで聞いて欲しい」

「うん」

「お前じゃなければ打ち明けたりしない」


 英之助が大切なことを云おうとしている。小三郎は固く頷いた。


「約束する。驚いたりしない」


 そう云うと、英之助が頬を緩ませて薄く笑った。


「そんなに肩を張る必要はない」

「うん、分かった」


 小三郎は少しだけ笑顔を見せた。英之助が静かに話しだす。


「俺は子どもの頃から人と違っていた。昔から、女が好きになれない」

「女嫌いか、そうか、俺も男といる方が楽だ」

「そうじゃないんだ」


 英之助は笑った。その笑顔は苦しそうだった。


「色恋のことだ」

「色恋?」

「そうだ。俺は女を好きになることはできない」


 小三郎は、一瞬、息をするのを忘れた。


「つまり、俺が好意を寄せる相手は男だけなんだ」

「相手は……」

「え?」


 英之助が怪訝な顔をして小三郎を見た。

 小三郎はごくりとのどを鳴らした。


「相手がいるのか?」

「……いる」

「誰だ?」


 自分の声が震えていた。


「小三郎…」

「お前の好きになった男とは誰だ? 俺の知っている男なのか」

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