ある光の照らす丘の上に

レモンティー

ある光の照らす丘の上に

私の住んでいる街には町のシンボルとなっている丘がひとつある。その丘の上には樹齢百年を超える大きな木がある。この木はこころを持っているとこの街に伝えられていた。昔私は祖母にこんなことを教わったことがある。「これは母に教わったはなしじゃが、木に光が差しているときは周りが明るい空気で満ちていて、木に雨が降っているときは周りが悲しい空気で満ちている。だから木の周りは天候が変わりやすい」。と。そんなことを思い出しながら、高校生になった私は、電車から見えた懐かしい景色を見て、子供のころによく遊びに行ったあと、おとずれていなかったあの丘の上の木のもとへ向かおうと決意した。そしてあの丘に向かって歩いて行った。

 今日はあいにくの天気で空は青空が一つも見えないほど厚い雲に覆われていた。丘の上に上り、あたりを見まわした。丘の上にはたまたまなのか誰もいなかった。私ははじめて木に寄りかかって座ってみた。心地よく吹く風と木のぬくもりを感じる。昔ここで遊んでいたころのことを思い出す。その日は晴れていて、今日と同じ心地の良い風が吹いていた。自分たちと同じように多くの家族がここに遊びに来ていた。私はよく木の周りを走り回っていたっけ。あとは友達とかけっこで競争するときのゴールに使ってたような気がする。そんなむかしのことを思い出しながら、しばらくのんびりと寄りかかりながら街を眺めていると、誰もいないはずのこの場所から誰かの話し声が聞こえてきた。どうやら私に話しかけているようだった。耳を澄まし、心を澄ましてその声を聴いてみる。すると、木が私のこころに話しかけているとわかった。「わしは木になったものである。おぬしは悩みがあるようじゃな。いってみなさい」と語りかけてきた。私は、「私の悩みの前に、貴方が木になった理由を教えてください」。といった。木は、「いいだろう。まずはわしについて教えてやろう」と言って語り始めた。

 今から百三十年ほど前、ある男がいた。彼は木が好きだった。彼の親は丘の上に息の場を作るために、あの丘の上に小さな苗木を植えた。彼が5歳のころだっただろうか、そのころからその苗木を育て続けていた。彼が成長するように、木も一緒に成長していった。彼は木が育っていくのを見てうれしく思った。彼は大人になって家庭を築き、子供と共に久しく幸せに暮らしていた。子どもが二十歳を超え、彼が五十五歳となるころ、木は大きく成長しシンボルとなりつつあった。そんなある日、彼が夢を見ているとよくあの木が彼のこころに話しかけ、彼は木になったような感覚になることが多くなってきていた。彼はそんな出来事を不思議に思い、自分に何かがあった時のために妻へ手紙を書いておくことにした。『妻へ。近頃、わたしは夢で自分があの木になったような感覚に見舞われる。そこでわたしはこの手紙を書くことにした。もし急にわたしがいなくなったのならば、あの丘の上にある木に向かってほしい。わたしはそこにいるだろう。だから必ず会いに来てくれ。』と。その手紙を書いてから一ヵ月が経ったある日、彼はいなくなった。妻は彼が生前渡してきたこの手紙を見て、丘の上を訪れた。そして今の私と同じように木に寄りかかるようにして座った。彼の魂は本当にそこにあったのだ。妻は彼とこころの中で会話をすることができて、とても嬉しかった。その日は一日中強い雨が降り続いていた。しかし、彼の妻が喜んだ途端に、丘の上の木の周りだけは晴れたのだ。妻はこの出来事を不思議に思い、この木はこころを持っており、木の感情によって天気が変わるのではないかと思った。だから妻は、木の周りで悲しんだり楽しんだりしてその理由を見つけ出した。そして彼の妻は娘に「木に光が差しているときは周りが明るい空気で満ちていて、木に雨が降っているときは周りが悲しい空気で満ちている。木はこころをもっている。だから木の周りは天候が変わりやすい」。と教えた。そうして、彼の娘もここを訪れるようになり、よくこの木とお話をするようになったそうだ。木が百年を超えると街のシンボルとなり、多くの人が訪れるようになり多くの人とお話をしてきたと語った。そして彼は人々は数多くの悩みを抱えて生きていて、その話を自分が聞くことでその人々のこころの苦しみを軽くしてきたと私に話した。

 私は感動しながらこの話を聞いていた。暖かく心地の良い風が吹いているが雲はまだ晴れない。木は私に、「人は複雑に絡み合った悩みという糸を誰かに話す事によって、整理することができる。対話をすることでその糸をひとつひとつほどいていき、ひとつの糸として力強く歩んでいける。」と教えてくれた。だから私は木に人には言えない自分の悩みを打ち明けた。「私は悩んでいることがあって、人と話し合うことが苦手でいつもなかなか会話に参加できていない気がするんです。あともう一つあって、好きな人がいるのですが自分には勇気がなくて、遊びに行こうと誘うこともできなくて、話しかけることもなかなか難しいです」。と伝えた。木は、「一つ目の悩みじゃが、そんなに真剣に考えんでいい、無理に会話をする必要はないんじゃよ。自分から話し出すのは苦手なだけで聞くのはとてもうまいんじゃあなたは。だから自分の入れそうな話題になったら話して、楽しかったら笑って、わからないものは軽く聞き流して、聞きたいことは相槌を打って聞いていればいいんじゃよ」。と教えてくれた。私は今までの自分の行動を振り返ってみた。私は確かに話を聞いていることが多いが、軽く質問をすることができていて、話をする人が話しやすい環境を作れていたと感じた。また、友達と一緒に笑いあえたりその場を楽しむことができていたと思った。だから自分の話す内容を聞いてくれる人のもとへいって話そうと思った。また、木は私に、「二つ目の悩みじゃが、勇気がなくて、好きな子と話したり、誘ったりすることができないんじゃなくて、恐怖心が自分の心を蝕んでしまっているだけじゃ。まずは相手に自分のことを知ってもらう、自分も相手のことを知ることが大事だとわしは思うんじゃ。話しかけられてすぐに嫌われる人なんていないじゃろ。だから失敗してもいい、まずは話しかけてみんさい。そしたら関係が変わる、相手の心も変わる。そうすれば一緒にどこか好きな場所に行ってくれるかもしれない。だからおぬし、壁に屈することなく挑戦してみるのじゃよ」。と教えてくれた。私は彼に「教えてくれてありがとう」。と言った。

 私は木のおかげで不安に駆られていたこころが希望に満ちていくのを感じていた。すると、丘の上の天気が変化し、雲がなくなり青空いっぱいの澄んだ晴れとなり、春の暖かな陽気に包まれた。私は木の前に立ってふたたび、

「ありがとう」。

と言った。そして後ろを振り返ることなく、前に進んで丘を降りていく。今日は丘の上だけではなく、この地域一帯が晴れたようだった。家に向かう帰路の途中、私はある人と出会った。私は彼に教わったことを思い出して話しかけてみる。案ずるが生むがやすし、思っているよりもことはうまく運ぶものだと感じた。家に帰る。今日の出来事を祖母に話してみる。祖母は嬉しそうに笑った。

 次の日、普段の通りに学校に行く。私はいつもと同じような景色がいつもより明るく楽しく見えた。日を追うごとに不思議な感覚は薄れていった。そうして、いつものように生活を送っていたとき、ふと思い出したことがある。それは祖母が昔からよくあの木のもとに行っていたことと祖母から教わった話である。祖母は昔、私に「これは母に教わったはなしじゃが、木に光が差しているときは周りが明るい空気で満ちていて、木に雨が降っているときは周りが悲しい空気で満ちている。だから木の周りは天候が変わりやすい」。と教えてくれた。私は木が私を助けてくれたわけがすこし分かったような気がした。

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