第19話 きれいな海がみえる
雲ひとつない青い空。太陽は、ふたつの影を映す。足元には、石の絨毯が広がっている。形は大小さまざまである。
『うわぁパパー!みてみてー!おおきなうみだぁ』
「これは、海じゃなくて湖というんだよ」
『へぇー!パパはうみ、みたことあるの?』
「あるよ。子供の頃住んでた場所には海があった」
『そーなんだー!あ!とりだ!』
「あ!エブル!走ると危ないよ」
アスランの声を聞かず、5歳のエブルは鳥目がけ走り出した。
アスランたちは2週間前、この街に引っ越して来た。
疲れ切った流木に腰掛ける。青い宝石のような湖。この湖は、海とつながっている。
アスランのいた国は、20年前の戦争により、国土のほとんどを奪われ、滅んでしまった。
抜け出した後、アスランは隣の国へ移動し、船に乗り、少し離れた国で暮らした。持っていたお金は船代に消えてしまい、しばらく道で寝る生活が続いた。
雨の降るある日、段ボールにくるまっていたアスランは、ひとりの男に拾われた。その男は街の工場の社長で、アスランを自分の工場で働かせた。
そこで出会ったエスラと、アスランは恋に落ちた。その後結婚し、ふたりの間には、エブルという女の子が誕生した。
国を抜け出す前、アスランは村に寄り、ジェンギスにこの国の全てを話した。記憶を消す薬のことも。
しかしジェンギスは、自分は行かないと言った。そして、自分の体が末期の癌に蝕まれていることを告白した。
アスランは、行けるところまで一緒に行こうと提案したが、ジェンギスは首を横に振った。
サムとは、会えていない。きっと自分と同じように、どこかの国で幸せに暮らしているだろうと、アスランは思っている。
冷たい風が吹き、目を閉じる。
風は、誰かの少し寂しい声に聞こえた。
『あした、おじぃちゃんくるのたのしみだぁー!』
「本当だね」
『パパのおじぃちゃんは?』
「パパのおじいちゃんは、パパが15歳の頃に亡くなったんだ。病でね」
『えー、さびしいねぇ』
「そんなことないよ。友達がいたから」
『ともだち、いまはどこにいるの?』
エブルの問いかけに、アスランは優しく微笑んだ。
「きっと、空の向こうにいる」
そう言って、両手を前に出し四角をつくり、片目を閉じる。
アスランは、昔、ジェンギスに言われた言葉を思い出した。
"人は目に見えない力を信じ、願う。大切な人が今日も一日何事もなく幸せに暮らせるようにと"
この意味が、今なら少しだけ分かる。
人は、美しい景色のその向こうに、大切な人を見ているのかもしれない。
ジーベル、君が、この空の向こうで幸せに暮らしていることを、心から願っている。
『パパ〜なにがみえるの?』
「きれいな海がみえるよ」
【連載小説】きれいな海がみえる 青いひつじ @zue23
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