三十二 病室は二人部屋

「わかった。トイレへ行ったら、ドアを閉めない。それならいいだろう?」

「それなら・・・、いいかな・・・」

「そしたら、これから、試してみるよ。いいね」

「う~ん・・・。ドアを開けたまま、明の背中を捕まえてるね!」

「よし。これからシッコをするぞ。ルル」

 俺はルルを起こしてベッドから降りた。ルルは、松葉杖を使って歩く俺の胸の簡易ギブスの背をつかんでついてきた。


 ドアを開けてトイレに立った。ルルは俺の簡易ギブスの背をつかんで背後にいる。

 松葉杖をはずしてトイレの壁に立てかけた。ルルが俺の肩越しに、パジャマの股間に伸びた俺の手の動きを見ている。


 ジョロジョロと音がしてシッコが終った。レバーを押して水を流す。ザアッーと音がしてトイレの水が澄んだ水に変った。胸の簡易ギブスの背をつかんだルルの手はそのままだ。俺の肩越しにトイレを覗いているルルの気配を感じる。

「ほら、何もなかったろう・・・」

 そう言って手を洗い、濡れた手をタオル掛けのタオル拭いた。

 松葉杖を取ろうとして壁に手を伸ばした。

 あれっ?松葉杖がない?

「ルル、松葉杖がない・・・」

「なに言ってるの?明に松葉杖は必要ないでしょ」

「俺はまだ・・・」

 俺の身体には簡易ギブスが装着されている。ルルは俺のギブスの背をつかんだままだ。

 俺はふりかえった。


「なんだっ?!どうしたッ!?」

 俺の背をつかんで肩越しにトイレの俺を見るルルは、松葉杖をして胸と両脚に簡易ギブスをしている。

「どうしたの?」

「なんで、ギブスしてる?」

「やあねえっ。大学の入学式の帰り、二人して車にはねられたでしょう。

 明、治るのが私より早かったでしょう」

「大学はどうした?」

「何、言ってんの?二人して半年間の休学になったでしょう」


「わかった・・・」

 と言うことは、ルルは無事に高校を卒業したんだなあ・・・。

「ところで、ルルは顔が・・・」

「ああこの顔は、明と同じだよ。顔を骨折してたから、長岡医師が整形したの。

 そしたら、こんなになった・・・。胸だって、腰だって、もとどおりになってるよ。

 以前と比べてどう?」

「以前は可愛かった。今度は可愛いくて綺麗になった・・・。

 でも、俺がこんなことを訊いているのに、ルルはどうしてふしぎに思わない?」

「だって、明が言ってたでしょう。

『トイレから出たらそこは駅で、明があたしを守るために現れた』と。

 明にとって、トイレはあたしとの生活を守るための空間だと」


 俺はかんちがいしていたらしい。ドアを閉めなくてもトイレの空間に独りで居れば、俺は別の世界のルルの元へ行くらしかった。

 やはり、トイレへ独りで行くのは避けた方がいいらしい。

 だけど、いったい、どうしたらいいのか?


「あわてなくていいよ。籍も入れたんだから、二人でゆっくり考えようね」

 あの優しいルルがもどってきている。

「わかったよ。二人で考えよう。初夜はすんだの?」

「世間一般の言い方なら、まだだよ。

 あたしなりには、受験勉強の時にいっしょの布団で眠ったから、初夜はすんだよ

 ねえ、この話、トイレの前で話さなくても、ベッドで話せるよ」

 ルルが病室のベッドを示した。病室にはベツドが二つある。

「二人部屋だよ。別の世界のあたしのこと、教えてね」

「ああ、いいよ。ルルは無傷だよ。俺は身体中を骨折して顔を整形して・・・」

 俺とルルはベッドへ歩いた。ルルは松葉杖無しに・・・。

(了)

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トイレからでたら、そこは駅だった 牧太 十里 @nayutagai

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