二十九 トイレは二人で

 事故から五ヶ月になろうとしていた。七月に入ったのに梅雨が明けずジメジメした日がつづいた。ルルは大学へ行く時をのぞけばいつも病室にいた。病室はエアコンがきいて湿度が低く外部の湿気が気にならなかった。

 身体に装着した簡易ギブスはそのままだが、だいぶ身体の動きがスムーズになってきた。やせこけていた脚と腕に少しずつ筋肉がついてきた・・・。この表現はおかしい。筋肉はある。使っていなかったから筋肉の繊維が細くなっていただけだ。使えば筋肉繊維は必要に応じて太くなる。太くするために筋トレによる筋肉繊維内の、筋原繊維の破壊だ。破壊された筋原繊維は再生されるとき、以前より量が三十パーセントアップで再生される。その後に必要なのは筋原繊維を作るタンパク質だ。そして、骨折の回復のため、良質のたんぱく質とカルシウム、ミネラルを摂らねばならない・・・。

 この多数の骨折を負った俺の身体は過去にくらべ、どれだけ筋力アップして回復するのだろう・・・。

 そう思っていると、

「以前より身長も伸びたし、肩幅も大きくなったよ。顔も変った・・・」

 ルルがそう言ってベッドの俺に抱きついた。

 化学概論のレポートを提出し、期末試験が終って大学が休みになり、ルルは病室にいた。


 ギブスが簡易ギブに代って以来、俺はリハビリに専念した。簡易ギブスが取れるのは間近だと思っていたが、医師は、簡易ギブスを外すと言わなかった。

 ルルが訊く。

「独りでトイレへ行きたいの?」

 そろそろ独りでトイレへ行けるようにならないと、家では困らないが外では困る。

「外では、あたしがつきそうと困るか・・・。

 ああ、家の改装、完成したよ。一階と二階が親たちの住居になった。あたしたちは三階だよ」

 家では心配ない。それに大学や駅のトイレは付き添いが入れるトイレもある、とルルは考えている。


「いつまでも、ルルが付き添ってたら、俺はルルに甘えたままだ・・・」

「そんなことないよ。あの日、あたしが独りで卒業式の練習に出かけてたら、あたしが事故にあって、今の明と同じ立場になってたか、ここにはいなかったかもしれないよ。だから、あたしの気のすむようにさせてね」

 抱きついているルルが俺を見つめた。ルルの大きな目が、さらに大きくなってる。


 アアッ、わかったぞ!ルルは俺を独りでトイレへ行かせたくないんだ!二人で居たいと言うのじゃない。ルルが居ないとき、看護師にトイレの付き添いを頼んだのもそのためだ・・・。なぜだ?


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