二十五 想い出と現実

「オレの顔をどう思う?」

「前より格好良くなったけど、どうも思わないよ。

 だって、子どもができたら、アキラの遺伝子を受けつぐから、手術したアキラの顔は受けつがないよ」

 ルルはあっけらかんとそう言った。

「そうだね・・・」

 ルルは形成手術後のオレの顔を気にとめていない。こだわっているのは俺だけか?


「それより、ほら、描けたよ。こんなのどうかな?」

 ルルはスケッチブックに描いた、香合より大きくて縦にちょっと長めの、なつめに似た蒔絵の円筒容器を俺に見せた。

「小物入れ?」

「うん。想い出入れ。アキラとあたしの・・・。

 大きさは問題じゃないの。こうして、この小物入れができることが想い出だよ」

 ルルはそう言って、スケッチブックに描いた丈の短い棗に似た小物入れを見ている。


 ルルの言いたいことは良くわかる。

 ルルが父の仕事場を見るようになって、仕事場でルルがブローチや髪飾りに蒔絵を施すようになった。それらすべてがオレやオレの家族、ルルの両親とオレの両親とともに過した記憶であり想い出なのだ。ルルを支えてくれる者たちは家族や商店街の見知った人たちだと言いたいのだ・・・。


「そうだね。俺たちはいろんな人に支えられて見守ってもらっているからね・・・」

 見守ってくれている人たちも表現するとしたら、ルルの小物入れの蒔絵の図案は何が良いだろう・・・。

 オレはルルの描いた小物入れを見ながら、蒔絵を何にすればいいか考えていた。


 ルルは俺が描いたスケッチブックの小物を見ながら、決心したかのように言う。

「その中でいちばんの支えはアキラだよ」

「俺はルルだ・・・」

 俺はルルの小物入れに施す蒔絵を考えながら、ルルが何を言いたいか見当をつけた。


「あたし、わかってた・・・。

 二月二十五日、アキラが卒業式の予行練習に付いてくると言ったときから・・・」

やはり二月二十五日のことに触れてきた・・・。

「何がわかってた?」

 そう言いながら、俺は小物入れの蒔絵を考えた。


「うん。卒業式の予行練習にアキラが来なかった時のことだよ・・・」

「そんなことは考えるな。ルルが怪我しなくて良かったんだから・・・」

「そうじゃなくって・・・」

 ルルは沈黙した。何をどう説明していいか言葉が見つからないらしい。


「アキラがお風呂に入ってるとき、ママに、アキラが卒業式の予行演習にゆくと話したら、

『やっと気づいたのね。これで心配ないわ。アキラが守ってくれるもの』

 と言ったの。

 なんのことかわからないから、どういうことか訊いたら、ママは覚えてなかった。

 ママは、突然、何か思いついたように言うの。認知症の症状らしいけど気になったの。

 そのあと、あたしを守ってアキラが怪我したんだよ・・・」


「ルルが怪我しなくてよかったよ」

 俺はそれ以上何も言わなかった。ルルが怪我して後遺症が残っても、ルルを妻にしたか、と問われたら、俺は何も言えなくなっただろう。

 ルルを妻に迎えるのをためらうのではない。ルルを妻にした後のことだ。

 後遺症が残らなければ、何も問題はいない。後遺症が残った場合、ルルは一生そのことを悔んで、俺の人生に介護の負担だけを残す、と考える気がする。そして、機会あれば、

『あたしはあなたの重荷だ』

 と言うだろう。


「うん、どうしたの?」

 ルルが不審なまなざしで俺の目を見ている。

「ママの話したことは事実だろうね。ママは自分でも気づかずに、先を見てた気がするよ。

 心のどこかで、ルルが怪我する可能性に気づいてた。

 そして、認知症の症状とともに、予感したことを口にした。

 とにかく、ルルが怪我しなくてよかったね」

「うん・・・。でも、ほんとにそれだけかな?」

 ルルはまだ、ママが話したことを気にしている。


「それだけだよ」

 俺はこのとき気づいた。二月二十五日がどういう日で、俺がいなかった時のルルがどうなったかを・・・。

二月二十五日から三ヶ月が余りが過ぎてる。あのとき何をしなかったらとか、あのとき何をしていればは、話しても意味が無い。すでに時が過ぎて、俺が存在する現実は過去ではなくなっている。そしてルルのママが話したことは、そのまま現実になっている。

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