二十四 蒔絵

 ルルは小学生の時、俺の父の作業場でじっと父の蒔絵作業を見ていた。

 閉めきった作業場は、空気の流れがなく、金粉を漆の下絵に蒔く父の緊張に包まれていた。その中で、ルルは身動きせずに父の作業を見ていた。


「どうだった?膝を崩した方がいいよ」

 金粉を蒔き終えた俺の父が、粉がための漆を塗りおえてそう訊いた。


「絵が出てきてたよね!金色の絵が!あたしも作りたいなあ!」

「ルルは漆にかぶれないか?」

「わかんないよ。でもね。庭の木に巻きついてる蔓に触ったとき、しばらくしたら、アッキが、『ルルは漆にかぶれないんだね』と言ってたよ」


「庭の木と言うのは、ここの庭の木の事か?」

 父はルルに、家の裏手を指さした。

「そうだよ。アッキが、屋敷神様の祠と呼んでた、石のちっちゃい家の橫にある木だよ」

 裏庭には柿の木があり、根元に屋敷神様の石の祠がある。柿の木はツタウルシが巻きつき、秋になるとみごとな赤色に色づく。


「柿の木だね。巻きついてるのは蔓は『ツタウルシ』だよ。

 そしたら、パパに話して、許可がでたら、何か作ってみようか。

 ルルは何を作りたい?」

「最初はね。ブローチだよ。お母さんとママにあげるの?」

「そしたら、パパに相談して許可がでたら、どんなブローチにするか考えよう」

「はあい」

 そして、ルルは見よう見まねで、初めての蒔絵のブローチを独りで作ってしまった。



「こんど、スケッチブックを買ってきてほしいんだ。

 漆を使った小物を描き留めておきたい。ルルも考えてほしい」

 ルルが俺の手を握った。俺はルルの手を握りかえした。


「いいよ。宝石箱を作ろ。そして、アキラが中を埋めるの・・・」

 ルルが俺の手を撫でている。

「宝石で?」

「指輪と、それからネックレス。ブレスレット・・・。

 その前に、アキラの健康!」

「早く快復しないといけない・・・。

 スケッチブックを頼むよ。ここにいる間に、漆を使った小物アイデアを描いておく」

「あたしのアイデアも描いていいよね?」

 ルルが俺の手を強く握った。

「ああ、いいよ」


「そしたら、売店へ行ってくるね」

 ルルがそっと俺の手を握っている指を解いた。

「ああ、頼むね」

「はあい」

ルルは病室から出ていった。


 今日六月一日から三日まで、開学記念日で大学は休みだ。

 土日をのぞき、ルルは毎朝大学へ行き、早ければ午後、遅くても夕方には病室にもどる。洗濯物は母とルルのママがしている。ルルはひたすら俺の付添いだ。

 ずっと俺のそばにいたらあきるだろうと思うが、ルルはそんなことを一言も言わない。

 俺の顔は形成手術で変った。俺はルルの気持ちが気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る