二十 ネイピア数

 ルルが受験している三日間。

 俺は、ルルの合格と、眠ることと、身体が回復することだけを祈った。

 ルルは入試に専念している。たがいに交すのはほほえみだけだ。これだけで、おたがいの気持ちがわかる。ルルの受験はうまくいっている。


 三月十一日。

 三日間の入試が無事に終った。受験がどうだったなどと過ぎた事は訊かない。そんな野暮を話す気はない。ルルもわかっているから何も話さない。


 三月十二日。

 担当医によれば、身体の変化はネイピア数e(2.71828182845904・・・・・・・・・)の累乗で変化するというから、

 e の0乗の1日目 0週

 e の2乗の約7日目 1週

 e の3乗の約20日目 3週

 e の42乗の約54日目 7週

 つまり週ごとに変化してゆくことになる。

 今日で事故から十六日目。今週は大きな変化はないだろう。


「ルル。俺の顔はどうなってる?」

 午前中、思いきって訊いてみた。ルルは付添用のベッドで本を読んでいる。

「うん、包帯巻いてギブスしてる。ミイラ男だね。

 あれ?アキラ、顔がどうなったか知らなかったんだ?」

 ルルがベッドから俺の橫に近づく気配がする。


「あたしを抱いたままアスファルト落ちて、顔をアスファルトに打ったんだよ。

 顔の骨が折れて、顎にもヒビが入ったの。だから、手術したよ。

 形成外科的手術と言ってたけど、美容整形外科的にしましたよって医師が話してたよ。だから、男前になりますよって・・・」


「医師は怪我する前の俺の顔を知らないだろう?」

「アキラの学生証もあったし、あたしがほら・・・、これを見せたの・・・。

 あたしのお気に入りのアキラだよ・・・」

 ルルがバッグから取りだしたのはふたりで撮った、夏祭りの写真だ。笑顔のルルがかわいい。

「このアキラ、アキラそのものだね・・・」

「どういうこと?」

 俺はルルの言う、俺そのものが気になった。


「気持ちが一つへむかってる・・・」

「どこへ?」

「あたしと未来へ・・・」

「どういうこと?」

「いっしょに暮すと言うこと・・・」

「えっ?」


「昨日、試験が終ったでしょう。あたしがアキラの世話をしますって話したら、お母さんとお父さんに、無理しなくっていい、ルルの気持ちが変っても、ルルを恨まないと言うの。

 ふたりとも、アキラが完治すると思ってないみたいだから、いっしょに暮してアキラの世話をすると話したの。パパもママも承知だよ。

 今までの約束が四年早くなっただけだよ・・・」

「そんなに俺の症状は酷いのか?」

「そんなことない。快復するよ。リハビリに時間がかかるけど、絶対、快復する。アキラ、がんばるんだよ!」


「脳と脊髄に異常はないのか?」

 ギブスで固定されているが右脚の足首も指も動く。左脚も同様だ。両手の動きも正常だ。俺の両親は何を気にしてる?

「異常はないよ。お父さんは気にしてたけど、医師は正常に機能しているから、夫婦生活の事は問題ないって話してたよ。

 脳も脊髄も健康だから、骨折が治ったらリハビリだよ。

 そのとき、アキラの顔はどんなになるんだろう?」

 ルルは珍しいものを見るみたいに俺の目を見た。頭のギブスは何かで固定されているみたいだ。


「頭を動かせないのはなぜ?」

「骨折した首の骨が中に入ってたから、外へ引きだして固定したの。固定具はもうすぐはずせるよ。そしたら、まわりを見れるよ」

「わかった。歯磨きしたい・・・」

「もう少し待ってね。頭の固定具がとれたら磨いてあげるね・・・」

 ルルが俺にほほえんでいる。怪我の症状はとんでもない事になっているらしい。


「わかった。とやかく言わないで、潔く待つしかないね・・・」

「そうだよ。クヨクヨしても身体に良くないから、気楽に考えた方がいいよ。

 あたしはどこへもゆかない。アキラといっしょにいる。

 だから、アキラも、あたしから離れないでね」

「ああ、わかってる」

 俺はルルが言うように気楽に考えることにした。

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