十九 潔く

 俺は一日の大半を眠っていた。目が覚めるのは検温と回診、食事と排泄の時だけだ。そのいずれも目覚めるとルルが笑顔で俺を見ていた。ルルが話したように、ルルはいつも俺のそばに居る。


 三月九日。

 病室内の物音で目覚めた。今日はルルの入試だ。

「アキラ、目が覚めたの?どうしたの?こんなに早く?」

 ルルがじっと俺の顔を見ている。俺が目覚める前から俺を見ていたらしい。


「ルルの入試だから、目が覚めた。必ず合格するから、気楽に試験してね」

「パパが大学まで送ると言ったけど、電車で行くね。何かあったとき事故証明が出るから。

 受験票良し、筆記用具良し、お弁当良し、その他諸々みんな良し。

 お弁当はね。アキラのお母さんが作ってくれたよ。お母さん、ここにいるよ」

 ルルに代って母の顔が俺をのぞきこんでほほえんでいる。

 俺も笑おうとしたがうまく笑えない。それに視界が今までより狭い。


 今まで気づかなかった。何か妙だ。どうなっているか鏡で顔を見たい。

 だが、今日はそういうときじゃない。今日だけじゃない。入試が終る明後日まで、ルルによけいな気づかいをさせたくない。

 それに、どうなっているか知っても俺に変化は・・・、あるぞ・・・。

 俺はいやな予感がした。

 

「どうしたの?だいじょうぶ?」

 ルルが考えこんでいる俺を気にしている。

「ああ、物が見づらいんだね。顔にギブスしてるからだよ。顔も元通りになるから心配ないでね。もしかしたら、前より美男になるかも知れないね。

 アハハッ、これは冗談だよ。どんな顔になっても、あたしのアキラだよ。

 あたし、試験に行くね。そしたら、アキラ、歯磨きしてないけど・・・」

 ルルは俺の唇に唇を触れた。


「サアッ、ルルは行くぞ!最善をつくすぞ!」

 ルルはそう言って俺の胸をコンコンッとノックした。母に、行ってくるね、と言いながら俺にほほえみ、病室を出ていった。


 顔にギブスしてるってどういうことだ?

 鏡は見れないし、腕を動かせないから、顔にも触れられない。顔も怪我をしたんだろう。どんな怪我だったんだろう。もとどおりになるのか?

 気になるがクヨクヨ考えても現状は変らない。今はルルの試験が無事に終って合格するのを祈るだけだ。


 それにしても、ルルはおちついてる。今までアッキと呼んでいたのが、今はアキラだ。そのうち明になって、アキッ!なんて言うかもしれない・・・。

 身体のあちこち骨折してる・・・。重傷部は右腰と右大腿。完治まで半年かかるだろう・・・、復帰は後期からだ・・・。

 ああっ!そういうことか。二月二十五日が重要な日というのはこのことだったんだ・・・。ルルが独りで卒業式のリハーサルへ行ってたら・・・。

 俺はそう思ってゾッとした。ルル独りで車に撥ねれてたらどうなっていたかわからない・・・。

 ところで、ルルの卒業式はどうしたんだろう?三月一日だった気がする。卒業式に出たのだろうか?このことも、ルルの入試が終るまで訊けない・・・。

 俺はルルの入試か終る三日後まで、何も考えないことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る