十八 ルルの付添い

「どうなの?」

「さっき目が覚めたから物理の質問をしたら、正確に答えたよ。問題ないみたい。

 鎮痛剤が効いてるから、また眠ったよ。

 しばらく安静なんだから、今は、休ませるしかないね・・・」

 ルルは明の下半身から伸びている採尿管を見つめた。尿がチョロチョロと音をたてて規則的に採尿容器に溜まってゆく。


「医師が言うように、問題ないみたいね・・・」

「うん。あたしが合格すれば、それで全てがうまくゆくわ。ママも覚えておいてね。

 あたしたちとアキラの両親はそう思ってる。ママもアキラの快復を助けるんだよ」


「何のこと?」

「うん。アキラは怪我して眠ってるの。眠らないと治らないの。

 たくさん眠らせようね」

 ルルは母を諭すようにそう言った。

「ママ、今日のママは調子がよくないから、パパがくるまここにいてね。

 歩いて帰ろうと思ってるでしょう?」

「ルルは帰らないの?」

 母はルルを見つめている。

「アキラの付添いがあるから、アキラの両親が来るまでここにいるよ」

 ルルは母にそう言ったが、ルルは家に帰る気はない。


 この病室は個室だ。シャワーもトイレもある。ここにいて、アキラのそばで勉強するのがルルにとっていちばん効率が良い。家にいて、アキラの様態を気にしながら試験勉強しても、心はいつもアキラのそばにいる。それなら心だけでなく身もアキラのそばに置くのがいちばんだ。

 今回の事故で加害者側は全ての費用を負担している。病室も個室で、最上級だ。あの加害者は謝罪と保障に弁護士をよこしただけで、本人は顔を見せなかった。警察によれば、加害者は軽傷と言ってた。ルルは、加害者は謝罪する意志がないと思った。


 そんな事より入試まであと五日。今は集中して勉強しよう。もうすぐ四時だ。パパがくる。ママが帰ったら勉強しよう。

 そう思っていると、病室のドアが開いた。ルルの父だった。

「待たせたね。ママを連れて帰るよ。アキラ君はどうだ?」

 父は、眠っている明の顔を見つめている。

「さっきを目を覚ましたよ。いつものアキラだった。

 痛み止めが効いて、また眠ったよ」


「わかった。ママを連れて帰る。必要な物はないか?」

「今のところ無いよ」

 ルルがそう答えると、父はルルの隣でボンヤリしている母を見つめた。母はこの病室のような色彩のない空間が苦手らしかった。こういう所にくると思考が停止するみたいだとルルは思った。父もそのことがわかっているらしかった。

「アキラ君の両親もいるんだ。無理をしないようにね。そう言っても、ルルはここにいるだろうね。

 大事な未来の夫の事だ。人任せにできないルルだからね」

 父は、十年以上にわたるルルと明の関係を理解している。


「うん。あたしの気の済むようにさせてくれて、ありがとう。パパとママと、アキラの両親に感謝してる・・・」

「そしたら、帰るよ。ママ、帰ろう」

 父は母の手をひいた。病室を出るふたりは、黄昏の中を歩いているように見えた。

 これってもしかして・・・・。ルルは表見できない寂しさを感じた。


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