CHRONICLES

須藤二村

Gate of Moe


 彼女たちは暗闇にいた。周囲には湿った空気が漂い、足元はぬかるんで滑りやすくなっている。先の見えない迷宮の中、一行は疲労困憊しながらも前進を続けていた。

「おい、ネコミミ、サボるな! さっさと歩け!」

 エルフの苛立ちの声が暗闇の中に響き渡る。彼女は長い尖った耳を持ち、銀色の長髪を後ろで束ねている。普段は冷静沈着で知られる彼女も、長引く戦いによって神経が擦り減り、苛立ちを隠しきれないようだった。

「うっさいにゃあ、エルフは。はあ、もう無理だよ……」

 ネコミミは疲れ果て、耳が力なく垂れ下がっている。黒髪のショートカットに、首に巻いた赤いスカーフが愛らしく揺れている。普段はうざったいほどの愛嬌が目立つネコミミも、今ではその尻尾までが力を失って覇気が感じられない。

「黙って歩きなさい。あたしたちが行かないと……世界が」

 エルフの声には、わずかな震えが混じっている。彼女もまた、限界に達していることを自覚しているのだろう。その姿を見て、一行の中で一番後ろを歩いていたドジっ子巫女が、おずおずと前に出る。

「み、みなさん! 頑張ってください〜!」

 ドジっ子巫女が叫ぶ。空元気であることは誰の目にも明らかだったが、誰も茶化したりはしなかった。巫女装束である紅白の千早は、暗闇でもかすかに輝いているようだ。両手を広げ、祝詞のりとを唱え始める。

「えいっ! みんなに元気をあげる〜!」

 光の粒子が巫女の手から放たれる。しかし──

「ふにゃあ〜、失敗しちゃったー! ごめんなさい〜!」

 ドジっ子巫女は顔を真っ赤にして涙目になる。光の粒子は一瞬だけみんなを包み込んだかと思うと、すぐに消えてしまった。

「いいのよ、ドジっ子。気持ちだけ受け取っとくわ」エルフはため息をつく。

 ネコミミは弱々しく微笑んで「ありがとうにゃ」と答えた。

 彼女たちは、もはや歩くことさえも困難な状況だった。


 その時、暗闇から新たな声が響いた。

「諦めちゃダメだ!」

 驚いた一行は、声の方向を探りながら周囲を見回した。

「誰だ⁉︎ お前は!」エルフは警戒心を露わにして問いかけた。

 闇の中から、ゆっくりと二つの人影が現れる。その姿はかすかに光に照らされていたが、完全には見えない。少年のような声が先に響いた。

「僕たちは未来から来た萌えダヨ」

「そう。あなたたちを光の世界へ送り出すためにね」

 光の粒子が彼らの周囲をまとい、その姿をほのかに映し出している。少年らしき者はどこか大人びた雰囲気を漂わせ、頭には何か装置を装着しているようだが、詳細は分からなかった。女性の方は妖艶な雰囲気を醸し出し、謎めいた微笑を浮かべている。

「僕は……まあ、ショタって呼んでくれればいいかな」

「私のことはスパイダーで構わないわ」

 女性は艶やかな笑みを浮かべた。

「何者なの」エルフは眉をひそめた。未だに二人を警戒しているようだ。

「未来の人は変な名前なんだにゃ?」ネコミミは首を傾げつつ、二人の様子を伺っている。

 ショタが真剣な表情で説明を始めた。

「僕らは君たちを助けるために来たんダヨ。このままだと未来の世界が大変なことになる」

 スパイダーが続けた。

「あなたたちが光の世界に到達しないと、私たちの世界は存在しなくなるの」

「ふぇ? ふぇぇ?」突然のことに巫女はステレオタイプに混乱している。いや、むしろ彼女が元祖であった。

 突如、地面が揺れ始める。

「来たわ!」エルフが叫ぶ。「PTAよ!」

 暗闇の中から、無数の影が現れ始める。それらは人型をしているが、どこか機械的な動きに見えた。ショタが目を凝らして覗きこむ。

「PTA? 父ちゃんと母ちゃんの集まりみたいな?」

「違うの」エルフが前に出る。「やつらは、アニメや……特殊な文化を世界から抹消しようとする組織よ」

「ふぇぇ、こわいよぉ」ドジっ子巫女が震える。スパイダーは少しイラッとしている様子だったが、元祖へのリスペクトを忘れなかった。

 PTAの群れが襲いかかってくる。エルフは弓を構え、魔法の矢を放つ。ネコミミは鋭い爪を振るい、ドジっ子巫女はジタバタした。

 青白い光を纏った矢が次々と敵を貫いていく。しかし、倒れた敵はすぐに立ち上がり、再び襲いかかってくる。

「くっ、しつっこい連中ね!」エルフは歯ぎしりしながら、さらに矢を放つ。

 ネコミミは鋭い爪を振るっていた。その動きは俊敏で、敵の隙をついては鋭い爪で引き裂いていく。

「にゃはは! これでもくらえー!」ネコミミは高らかに叫び、回転しながら猫パンチを繰り出す。

 容赦なく襲い来るPTAに、ドジっ子巫女は必死に防御の呪文を唱えた。

「えーと、えーと……いでよ光の壁!」

 巫女の前に薄い光の膜が現れるも、すぐに消えてしまう。

「はわわ、ごめんなさーい!」

 迫るPTAの凶刃。エルフが気づいて巫女の元へ駆け寄ろうとするも間に合わない。

 その時、ショタが巫女の前に飛び出し、背中で攻撃を受け止めた。

「くあっ!」

 倒れ込んだショタを巫女が抱き抱える。

「大丈夫ですか‼︎」

「う、うん。僕は大丈夫ダヨ。あえてやっているんだ」ショタは涙目になりながら答える。

 しかし次の瞬間、別のPTAがネコミミに襲いかかると、ショタは咄嗟にネコミミを庇い、敵の攻撃を腹部に受けてしまう。

「ぐはっ……!」ショタは苦痛に顔をゆがめ、うずくまった。

「シ、ショタ! 大丈夫にゃ⁉︎」ネコミミが心配そうに駆け寄る。

 一方、スパイダーの戦い方は妖艶さと、何か言い表すことのできない恐ろしい動きが入り混じっていた。PTAを次々と組み伏せ、手脚を押さえつけた上で、まるで彼らのエネルギーを吸いとっているかのようだった。

「あら、まだまだこれからよ」スパイダーが艶然と笑う。


 しかし、敵の数は圧倒的で、エルフたちは次第に押され始めた。その時、空中に突然光の輪が現れ、声が聞こえてきた。

「もう少しですよぉ! 頑張って!」「うぐぅ、そうじゃないと、ボクたちも生まれずに、世界は滅亡しちゃう」未来で発生するメイドロボとボクっ娘の萌えだった。その声に奮起した一行は、再び気力を振り絞った。

 激しい戦いの末、ついにPTAの大群を退けたが、全員が極度に疲れ果てていた。

「はぁ……はぁ……もう無理だにゃ」ネコミミが膝をついて倒れこむ。

「でも……あともうちょっとで」エルフが歯を食いしばる。

 その時、遠くにかすかな光が見えた。

「あれが……光の世界への入り口?」ドジっ子巫女が指差す。

 ショタが頷く。「そう。あそこまで行けば、君たちの使命は果たされるんダヨ」

 一行の足は重い。もう一歩も動けないほどだった。

 その時、また新たな声が聞こえた。

「がんばれ〜」「たのむ! がんばってくれ!」ひよこ閉じ込めなかよしと、しつけモブおじさんの声だ。

「みんな……応援してくれてるんだね。未来はひよこと仲良しだったり、礼儀正しい世界になるんだね」巫女が涙ぐんだ。

 そして立ち上がって大幣おおぬさをかざした。

「みんな! 元気をだして!」

 白木を両手で握りしめ、ほとんど最後の力を振り絞って祝詞のりとを唱えると、白い紙が意思を持ったようにわさわさと踊りだす。紙垂しでから光の粒子が漂いはじめ、優しい光が全員を呑み込んだ。そして強烈な閃光が弾けた。

「やればできるにゃ……」

 エルフは、掌の握力を確かめるように動かしてから、ゆっくりと立ち上がった。

「行きましょう。私たちには、使命があるのよ。世界に萌えを認めさせなくちゃ!」

 一歩、また一歩。痛む足を引きずりながら、光に向かって進んでいく。

 視界がぐらついて、全身で息をしながら、少しずつ前に進み続けた。

 ついに、光の入り口の前に立つ一行。

「ここから先は、私たちは行けないの」スパイダーが言った。

「君たちが光の向こうに行くことで、新しい世界が誕生する」ショタが続ける。「そして、そこから僕たちの世界が生まれるんダヨ」

「ショタさんやスパイダーさんは私たちの子孫なんですね?」

「未来ではずいぶんと変わった萌えがあるんだにゃあ」

「ああ、未来は君たちが想像している以上に、ずっと凄いことになってるんダヨ」

 ショタはちょっと照れくさそうにして、人さし指で鼻の下を擦った。

 ネコミミと巫女は、おずおずと光の中に足を踏み入れる。

 エルフは、半身を光の中へ入れたまま振り返って、二人に言った。

「べ、べつにあなたたちのために頑張ったんじゃないんだからね! あ……ありがとう、未来でまた逢いましょう」新たにツンデレの属性が生まれた。

「うん! もちろん。何世紀か先にはなるけれど、きっとね!」

 脳接続型VRホモドエムわからせショタは、安堵の表情でツンデレエルフに手を振った。

 種付けサイバネティック熟女スパイダープレスは、彼女たちの後ろ姿が光の出口から小さくなるのを目を細めて見送っている。

「さあ、私たちも2250年の萌えに帰りましょう。まだフェミとの戦いは終わってないんだから」

 脳接続型VRホモドエムわからせショタは、無言でうなずいた。


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