第21話 秘密の呼び出し
「そういえばさ、遠坂って早夜月さんのこと好きになったりしないの?」
昼休み。
いつものように乃蒼が作ってくれた弁当を食べていたところ、思い出したかのように篠崎が聞いてきた。
こんな質問を本人に聞かれでもしたらと思うが、そこは心配ない。
乃蒼が席を立っているのを確認したうえで話題を振られている。
「……逆に聞くけどなんで俺が早夜月のことを好きになると思ったんだ?」
「えー? だって、うちの最強美少女と隣の席だよ? 普通の男子なら好きになってもおかしくないでしょ。燿もそう思うよね」
「うーん……早夜月さんが可愛いのはそうなんだけど、遠坂くんが好きになるかと聞かれると微妙じゃないかな。あんまり興味なさそうだし」
「隠岐の言う通りだな。可愛いとは思うけど、好きになるかは別の話だろ?」
「それはそうなんだけどさぁ……なんか最近、ちょいちょい二人が話してるのを見かけるから気になっちゃって」
篠崎が言う通り、俺と乃蒼は学校でもたまに話すようになっていた。
朝の挨拶から始まり、授業の合間にちょっとした雑談をすることもある。
精々が二言、三言くらいの会話と呼んでいいのか怪しいものだが、それですら乃蒼にとっては珍しい光景だ。
他の人には基本的に塩対応。
事務的な会話だけに留めてきた乃蒼が俺とは個人的な挨拶や雑談もしているとなれば、気になるのも仕方ない。
とはいえ、どう誤魔化したものか。
乃蒼との間にあるあれやこれは話せない。
だから仲良くなった過程が抜けて、不自然な受け取られ方をされかねない。
……その辺を隠してありのままを話すのが丸いか。
「話してなかったけど実は早夜月を助ける機会があってさ。それから仲良くなった……って言っても、ちょっと話すくらいだけどな」
「なにそれ聞いてないんだけど。ついに遠坂にも春が訪れたってこと?」
「さっき遠坂くんは好きになるか別の話って言ってたよね」
「でも、好きになってないとは言ってなくない?」
「なんでそんなに俺を恋愛至上主義みたいにしたいんだ」
「その方が面白いじゃん」
何が面白いんだ、何が。
……いや、人の恋愛を安全圏から眺めるのは面白いよな。
現に俺がその立場だ。
「華の高校生活だよ? 今しか出来ないことを楽しまないと!」
「恋愛はいつでもできる気がするんだが」
「そんなわけないじゃん。恋愛はね、出来る人が出来るときにしか出来ないんだよ」
「いきなり世知辛いことを言うね、瑛梨華。適正みたいなものは否定しないけど」
「俺は適正なしの側だな」
「高校生で枯れてるのは先が思いやられるね」
肩を竦めて呆れた風に笑う篠崎と、俺に気を使ったのか苦笑で誤魔化す隠岐。
乃蒼を好きにならないだけで枯れてる判定は流石に異議を唱えたい。
その手の欲求は人並みにはある……つもりだ。
だから乃蒼とのあれこれで贅沢な悩みを抱えている訳で。
「でもさー、あたし目線でだけど遠坂はそんなに悪くないと思うよ? ちょいやさぐれてる感じだけど顔は整ってるし、性格もいい意味で悪くないし」
「一言で矛盾してないか?」
「瑛梨華が言いたいことは僕もわかるよ。なんだかんだと言うけど最終的には助けてくれるし」
「将来お金に困ったら借りに行くからね!」
「絶対貸さん」
金銭が絡むと色々面倒なんだよ。
乃蒼は……直接的な金銭はほぼ関わってないからノーカン。
悪気がないにしても、ちゃんと褒められているのか怪しいところだ。
「話戻るけどさ、早夜月さんって彼氏いるのかな。正直あんなに可愛かったらいない方がおかしいまであるけど、とてもいるようには見えないし」
「それならこの間面白い話を聞いたよ? バスケ部のキャプテンが早夜月さんに告白したみたいなんだけど、一人以外はお断りしてるって。前までは誰とも付き合うつもりはないって断ってたらしいのにね」
篠崎の疑問へ隠岐が補足した情報に、内心驚いてしまう。
告白されたのは聞いていたけど、断り文句については知らなかった。
その一人が誰かは……まあ、流石に察する。
普通なら自意識過剰と笑われてもおかしくないが、そう判断せざるを得ない証拠があるだけに、なんとも言えない気分になる。
家でも何度と伝えられていることだ。
それを疑いはしないものの、男女としての好意を示す言葉なのかは疑問が残る。
命綱扱いの対価として乃蒼が俺に全てを捧げようとしているだけ……などと心の底から信じられたら苦労はない。
人間の感情はそこまで単純ではないと思う。
「へー……それってつまり、早夜月さんの片思い的な状況ってことだよね。誰なんだろうなあ。そもそもこの学校の生徒なのかな」
「どうだろうね。大学生とか、芸能人も全然あり得るけど。遠坂くんはどう思う?」
「さあな。好みの異性なんて知らないし、どんな人と付き合っていても部外者には関係なくないか?」
「遠坂って色々ドライだよね。あれだけの美少女が付き合いたい男ってだけで気にならない?」
完全な部外者なら多少は気になったかもしれないが、当事者の自覚があるために現実逃避をしたくなる。
本当にどうしたものか――
「――遠坂さん。ご友人とお話中に申し訳ないのですが、少々よろしいですか?」
そこへ挟まれたのは、僅かに素っ気なさを感じる乃蒼の声。
振り向けばさっきまでいなかったはずの乃蒼が俺の隣に立っていた。
……さっきの話、聞かれてなかったよな?
恐る恐る表情を確かめれば、学校用の淡泊な表情が貼りつけられている。
朝は気圧の影響で体調がすぐれないと言っていたけど、今も顔色的には怪しい。
……それどころか、悪化している気がする。
「何か用か?」
「学園長から遠坂さんを呼ぶように言伝を頼まれまして」
またかと内心思うも、乃蒼が意味ありげに視線を投げかけてきた。
俺を呼ぶ必要がある事態が発生したのだろう。
可能性として一番高いのは……アレだろうな。
もしそうなら俺に断る理由はないわけで。
「わかった」
篠崎と隠岐にも一言伝えて教室を出ていく。
すると、思っていた通りポケットに入れていたスマホが通知を伝えるべく振動する。
『こんな形でお呼び出ししてすみません。学園長室ではなく、部活棟三階の空き教室へ来ていただけますか?』
乃蒼から送られてきたメッセージを見る限り、俺の思っていた通りらしい。
了解と短く送り返し、指定された空き教室へ向かう。
そこは数年前になにかの部が廃部となって以来、空き教室となっている場所。
引き戸を開けると、俺より先に着いていた乃蒼が無言で頷いた。
「鍵を閉めていただいていいですか。万が一にも人目に付きたくはないので」
「……そうだな」
思うところはあったが乃蒼の要望に従って扉を閉め、施錠。
完全に密室となった部屋で、二人きり。
俺を呼び出し、人目を忍んで行うことといえば――ただ一つ。
「……灯里さん。血を、いただいてもいいですか。帰るまで堪えるつもりだったのですが……そもそもの体調が良くないせいか、それまで保つか怪しくて」
苦しげに告げられた予想通りの言葉に、俺も無言で頷いた。
―――
明日こそ怪しいかも(自転車操業)
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