第19話 餌付けはされてない

「――親父、今良いか?」

「灯里、いきなり電話なんてどうしたんだ? 俺がいなくて寂しくなったか?」

「あり得ないから安心してくれ」

「可愛くねぇなあ」


 乃蒼が部屋に帰ってからのこと。

 俺が過去のことを探るべく親父へ電話をかけると、すぐに繋がった。


 電話越しに聞こえるのは親父の豪快で楽しげな声。

 外なのだろうか、車が行き交う音が音声に紛れている。


「日本は夜だよな。ニューヨークとの時差は十三時間だったか? あんま夜更かしすんなよ。育つモンも育たねぇからな」

「育つ育たないを気にする歳は過ぎてるだろ」

「高校生なんざまだまだ育ち盛りだっつーの。ちゃんと飯食って、運動して、寝ろ。じゃねぇとオレみたいなイケメンインテリにはなれねえぞ」

「言うほどイケメンか?」

「インテリは認めるのか」

「こんなふざけた親父が最高学府の卒業生なんて信じられないけどな」


 だからこそ海外転勤でもバリバリ働き、俺の生活が困らないように色々な計らいをしてくれている。

 そのことに感謝すれど、否定など返せるはずがない。


「んで、電話かけてきたからには用があんだろ?」

「ああ、それなんだけど――」

「言わなくてもわかってるぜ。昔、早夜月との間にあったこと、だろ?」

「……どうしてそれを」

「誠一から連絡貰ってんだよ。だから、今どうなってんのかも知ってるぜ。早夜月んとこの嬢ちゃんに通い妻される生活は楽しいか?」


 揶揄っているのが丸わかりな声音と言葉選びに、思わず押し黙る。


 先回りされているとは思わなかった。

 でも、考えてみれば当然か。


 学園長と親父が知り合いで、その娘である乃蒼と色々あって関係を持つことになってしまったのだから、その連絡くらいは伝わって然るべき。


 ……だからって通い妻なんて言うか?

 俺も思ったことはあるけどさ。


「……やっぱり隠してやがったな?」

「子どもにゃ言えねえ事情ってモンがあんだよ。それよりオレは灯里が嬢ちゃんとイチャコラしてる話を聞きてぇんだがなぁ」

「趣味悪すぎだろ」

「浮いた話のなかった可愛い息子に出来た女の影だぜ? 気になるだろ、そりゃあ」

「言い方もいちいちキモイ」

「ひでぇなぁ。……まあ、いいぜ。嬢ちゃんとの話は後で誠一に聞くとして、昔のことだろ? どっから話したもんか」


 唸る親父。

 しばしの間を置いて「よし」と声を上げる。


「まず、灯里と嬢ちゃんは幼いころに会ったことがある。なんなら超がつくほど仲良さそうに遊んでいたな。いわゆる幼馴染ってやつだ」

「……全然覚えてないんだけど」

「それはちょっと訳ありだ。後で話す」


 訳ありか……もう何を言われても驚くまい。

 吸血鬼なんて非現実的な存在と関わっているんだからな。


 それより、俺と早夜月が幼馴染ってのが驚きだ。

 まるで接点がないと思っていた美少女と過去にそんな関係だったとは。


「今言った通り、灯里は嬢ちゃんと仲が良かった。それが崩れたきっかけは嬢ちゃんが吸血鬼として目覚めたこと。灯里の左肩にある噛み傷がそんときの痕だ」

「……やっぱりそうなのか」

「覚えてないのは吸血のショックが当時の灯里には強かったのと、誠一の母――嬢ちゃんの祖母がかけた暗示っつーか、言葉を選ばないなら吸血鬼の魅了によるものだな」

「吸血鬼の魅了? そんな話聞いた事がない」

「嬢ちゃんも知らないんだろうな。あれは吸血鬼なら全員が使える技能ってわけじゃないらしい。それで都合のいいように灯里と嬢ちゃんの認知を改竄した。結果、灯里は早夜月との関りを忘れ、嬢ちゃんは吸血したことは覚えていても灯里のことを忘れた。悪いとは思っちゃいるが、後のことを考えるとこれが一番平和的な解決策だったんだよ。わかってくれ」


 驚かないと思った手前、これまた衝撃的な情報が飛び出してきて眉間にしわが寄る。

 現代に吸血鬼がいるだけでも驚きなのに、魅了まで使える?

 どこの伝承の話だと思ってしまうけど、これも現実の話。


 同時に、学校で吸血衝動を引き起こした乃蒼に首を噛まれた時、妙な情景が脳裏に浮かんだ理由も憶測を立てられる。

 あれは幼い頃、乃蒼に吸血されたときの記憶なのだろう。


 忘れていても身体は覚えていた……そんなところか。


「怒ってはいない。そうするしかなかったんだろ? 子どもは良くも悪くも何をしでかすかわからない。吸血鬼って存在を隠すためにもそれが一番よかったのはわかる」

「それで灯里と嬢ちゃんの関わりは終わるはずだったんだ。だが、オレが海外転勤になったことで、灯里の生活を保障しなきゃならなくなった。そこで誠一に今の学校を勧められてな。高校生なら万が一思い出しても分別はつくだろうと判断したら、こうなったわけだ」


 あまりに親父の言葉が軽いのは、そうなってもいいと初めから思っていたからか。


 暗示だか魅了だか知らないけど、本人と顔を合わせたら思い出す可能性もあった。

 実際には思い出すことはなく、状況証拠から怪しいとあたりをつけて探るに至ったわけだが。


「そういうわけだから、オレと誠一がお前らを引き離すことはない。嬢ちゃんの事情的にも無理だ。まあ、いいじゃねーか。毎日飯作ってもらって餌付けされてんだろ? 息子の健康を憂う父親としちゃあ安心できるってモンだ」

「……一度引き受けた以上、投げ出すのも違う。あと、餌付けはされてない。美味いけど」

「されてんじゃねーか」


 日本人は美味い飯には逆らえないんだよ。

 それが自分のために丹精込めて作られた料理ならなおのこと。


 ……それはともかく、親父の話が正しいのなら色々と話が変わってくる。


 俺と乃蒼は幼い頃に仲の良かった幼馴染で、始めて吸血したのも俺。

 乃蒼が俺の血を受け付けた理由も、過去に俺の血を吸ったからと考えれば納得感がある。


 だけど、まだ一つだけ謎が残っていた。


「……だったら、なんで乃蒼は俺の血しか受け付けなくなったんだ?」

「本人に聞いてみな。一番よくわかってんのは嬢ちゃんだろうよ」


 そうなのか?

 でも、前は詳しい理由はわからないと言っていたはず。


 ……乃蒼すら自覚していない理由が他にある?


「てか、嬢ちゃんのこと名前で呼んでんだな」

「……悪いかよ」

「んや? 順調そうだと思ってな。さっさと孫の顔見せてくれよ」

「そんな予定はねえよ」


 付き合うとか云々の考えは、俺にはまだない。


 乃蒼に対する感情がそこまでではないのもあるし、責任も負えない。

 俺はまだ高校生のガキで、社会のことを知らなすぎる。

 だから血を提供して、お世話をしてもらうくらいの関係が丁度いい。


「ま、そこは追々な。他に聞きてぇことはあるか?」

「もう大丈夫だ」

「なら切るぜ。久々に声聞けて満足だ。なんかあったらいつでも電話しろよ」


 最後に気遣う言葉を添えて、電話が切られる。

 親父はあっさりしているように見えて、こういうのを忘れない。


 なんだかんだと日本に一人残した俺を心配しているんだろう。

 それが乃蒼と一緒にいることで和らぐなら……まあいいか、という気もする。


「にしても、どうしたものか。乃蒼に話すか、隠すか」


 乃蒼は初めて吸血した少年……過去の俺へ罪悪感を抱えているようだった。

 なのにこんな話をしたら、何を言い出すかわからない。


 俺は謝罪とか対価はもういらない。

 乃蒼に世話をやかれ、誘惑じみたこともされる生活で手いっぱい。

 これより下手に出られたら俺が勝手に居づらさを覚えてしまう気がする。


 そしたら乃蒼との関係も悪くなるはずで――


「それは嫌、なんだよな」


 贅沢な悩みだと思いつつも、ひとまず乃蒼には隠すことに決める。

 聞かれたらその限りではないし、乃蒼が自分で知る可能性もあるけど……言い出すまでは現状維持に努めよう。

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