第8話 初めてのお友達ってことでいいんでしょうか
おかわりも腹に収めた食後。
小休憩を挟んでから早夜月の荷解きを手伝うため、隣の部屋へ場所を移していた。
部屋に入る前はかなり緊張したものの、中に入ると引っ越してすぐとわかる生活感のなさで落ち着いた。
午前中に引っ越してきたから当然だと思うけど。
それからリビングに向かうと、部屋の隅に積まれていた荷物の少なさを見てかなり驚いた。
「こんなに少ないんだな」
「運ぶのが面倒なので家具類は新品を注文しました。午前のうちにほとんど届いたので、家から運んできたのは服や日用品くらいです」
「……俺、もしかして要らなかった?」
「そうでもありませんよ。一人で荷解きをするのは退屈なので、話し相手がいると助かります。今後のことも伝えておきたいですし」
早夜月に「これを使ってください」とカッターを手渡される。
そして、手分けして荷物が入った段ボール箱を開けていく。
一つ目の中身は洋服だろうか。
「それで、今後の話って?」
「主に遠坂さんの家事をすることと、吸血関連についてです。家事については事前に連絡をしてからお部屋を尋ねます。また、洗濯以外の全般を任せていただいて構いません。その家事も食事を作る時に一緒に済ませますので、遠坂さんの手を煩わせることはないかと」
「俺が早夜月の手を煩わせてることについては?」
「そんな事実は一切ないので問題ありません」
ほんとか……?
俺と早夜月で認識にねじれがある気がするけど、どれだけ言っても認めてもらえなさそうだ。
多分、早夜月が何度も言っているのは俺に認めさせるためだろうし。
「吸血についてですが、頻度は最低でも週一回を目安にしていました。ですので、そのつもりで考えていただけると助かります。基本は夕食の片づけなんかも終えた後になるかと。吸血の方法は喫茶店でさせていただいたように指を切って血だけを頂く形ですのでご安心を」
「そっちもわかった。でも、体調が悪いと感じたらすぐ教えてくれ。ちゃんと協力するから」
「……お気遣いありがとうございます」
これは気遣いってよりも、倒れているのを実際に見たから勝手に心配しているだけ。
とてもじゃないけど心臓に悪いし、事情を知った今ではさらに強く思う。
「……ところで、これは?」
新しく開けた段ボール箱から顔を見せたのは緩い表情の、何かもわからないキャラクターのぬいぐるみ。
しかも一つではなく、似たようなものが何個か敷き詰められている。
早夜月に聞いてみると箱の中を覗き込み、照れくさそうに苦笑を浮かべた。
「見ての通り、ぬいぐるみですね。子どもっぽいのはわかっていますが、寝るときは枕元にないと落ち着かなくて。……学校ではあんなに冷たくしている私が少女趣味なんて、幻滅しました?」
「そういうこともあるだろ。誰に迷惑をかけるわけでもないし。てか、冷たい自覚はあったんだな」
「……吸血鬼の秘密を守り、事故でも誰かを傷つけないためにはこうするのが一番確実なんです。残念ながら、どちらも守れませんでしたけど」
青い瞳に浮かぶのは諦念と、後悔だろうか。
「本当は仲良くしたいように聞こえるけど」
「……出来ることならそうしたいですよ。それしか選択肢がないとしても、一人は寂しいですから」
「少なくとも今は一人じゃないぞ。話し相手くらいにはなれるし、秘密も知っている。吸血に比べたら遠慮する必要なんてどこにもない」
「…………それもそうですね」
などと納得してくれたのは、ある程度信頼されているからだろうか。
そして、はたと手を止めて呟く。
「もしかして、初めてのお友達ってことでいいんでしょうか」
「……人生で初めてじゃない、よな?」
「高校で、です。吸血衝動を起こす前はいました。……一人だけ、ですが」
目を逸らしつつ答える早夜月。
俺も俺で人生で初めての、ではなかったことに安堵する。
「逆に俺を友達扱いしていいのか?」
「……遠坂さんが嫌ならしませんけど」
「…………そんな顔で言われて断れるわけないだろ」
美人のしょんぼり顔は想像以上の破壊力だった。
耐性のない俺では抗えそうにない。
しかし、あの早夜月と友達か。
既にそれ以上の関係性になっている気がしないでもないけど、考えない。
「ところで、吸血衝動を起こす前の友達って?」
「……口にしておきながら、実はちゃんと覚えていないんですよ。小学校に入る前のことでしたから。私と同い年の男の子で一緒に仲良く遊んでいた記憶はあるのですが、顔も名前もはっきり思い出せなくて」
残念そうに語る早夜月は、その男の子と本当に仲が良かったのだろう。
普段よりも柔らかい表情へ、急に影が差す。
「ですが、私はその男の子を深く傷つけてしまったんです。以来、その子と会う機会はなく、謝罪の言葉すら伝えられていません」
「…………」
どのように深く傷つけたのかまでは言わなかったが、推測くらいは立てられた。
「俺のせいで思い出させたなら、悪い」
「遠坂さんのせいではありませんよ。全部、私が悪いんですから」
瞳に滲む、罪悪感。
完璧だと思っていた早夜月が、こんなにも脆いだなんて思わなくて。
「俺は傷ついたなんて思ってないからな。責める気も、咎める気もない」
つい慰めるような言葉が出て、目線を逸らす。
こんなの全然、柄じゃない。
わかっていても言ってしまったのは、早夜月が心細そうにしていたからだろうか。
「……遠坂さんは優しいですね。お人好しの方が正しいのでしょうか」
「どっちでもいいさ。好きなように解釈してくれ」
雑談を交えつつ、引き続き段ボールを開けていると、見慣れない器具の山が視界に飛び込んでくる。
パステル調の色をした小型で丸みを帯びたフォルムだったり、半球状の先端をした棒状の機械。
……いや、これって、まさか。
「手を止めてどうしたんですか? なにかわからない物でもありました?」
早夜月が俺の手元にある箱を覗き込むと、目に見えて頬を引きつらせた。
そして目にも留まらぬ速度で箱をぶんどり、背中に隠す。
俯きがちな早夜月の顔色は、誤魔化しが効かないくらい赤くなっていた。
「……えっと、ですね? これはその、なんていうか……お察しの通りのものではあるんですけど、私の体質的に必要なものでして。だから決して疚しい理由でそれを保持しているわけではなくてですね」
「墓穴掘ってる気がするけど大丈夫か?」
「…………むっつりだと思われていそうだったので」
「……まあ、誰にでもあるだろ、そういうの」
人間誰しも性欲があるのは否定しない。
加えて早夜月は吸血の代償として性的欲求が増す。
だから、絶対に向き合わなければならない問題だ。
延長線上でそういう道具に頼ることも……可能性としてはじゅうぶんあり得る。
「全然慰めになっていません。もう……顔から火が出そうなくらい恥ずかしいです。絶対、誰にも言わないでくださいね?」
「言わないって」
「……これがあるのを完全に忘れていました。まだ下着を見られる方がマシです」
「…………それはそれでどうなんだ?」
下着とコレのどちらを見られる方が恥ずかしいかは甲乙つけがたい。
自分の立場に置き換えたら後者の方がキツイか?
男の下着なんて見たところで何も楽しいことはないだろうし。
「先に下着の箱だけ避けておきましょう」
気を取り直した早夜月がまだ残っている箱を探り、一つを避ける。
俺にとっての爆弾は処理されたから安心して作業に取り掛かれるけど――変な空気が漂っていて、会話がぎこちなくなってしまうのは仕方ないと思う。
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