第4話 とても大切なご相談があります

前話で保健室に先生がいなかったのは早夜月が学園長(父)に連絡して保健室を開けてもらったからです。吸血したってなったら……ねえ?


―――


「……なんであの傷が数日で治るんだよ」


 早夜月に吸血されてから数日後の朝。


 登校の準備を整えながら洗面所で首元の傷を確認すると、どういうわけか綺麗さっぱり治っていた。

 普通、痕が残るんじゃないか?


「まあ、いいか。治るのは悪いことじゃない。場所が場所だったから彼女でも出来たんじゃないかって疑われたしな」


 首の絆創膏がキスマークを隠していると思われたのは一生の不覚だった。


 彼女なんて生まれて十五年ちょっとで一度も出来たことがない。

 作る気がない……とか言うのは、負け惜しみに聞こえそうなので控えている。


「でも、親父が海外出張でいなくてよかった。こんな場所の噛み傷なんて確実に怪しまれるだろうし」


 切り傷なら誤魔化しが効くけど噛み傷は……適当な親父でも見逃してくれないと思う。


「そろそろ学校行くか。遅刻なんてしたくないし」


 朝食は取らず制服に着替え、いつもの時間に家を出る。

 今日は準備が面倒だったから朝食抜きだ。

 昼飯はいつも通り購買で買うことにして、学校へ。


 二年一組の教室は、いつも通りの風景が広がっていた。

 数人で固まって談笑するグループがいくつか出来ていて、その脇を通り過ぎて自分の席へ向かう。


 隣の席では、早夜月が静かに本を読んでいた。

 ぴんと張った背筋。

 視線は本だけに注がれていて、文学少女然とした雰囲気を感じる。


 あの後、俺と早夜月の関係性は全く変わることがなかった。


 俺は吸血鬼の秘密を誰にも話すことなく守り続けた。

 早夜月も俺との関係性を変えることはなく、隣の席で学校生活を送るだけ。


 現状維持に落ち着いたわけだが、元々この程度の距離感だったのを考えると早夜月なりに俺の意思を尊重した結果なのかもしれない。


 いきなり俺と早夜月が仲良さげにしていたら周りから変な目で見られるだろうし。


「――遠坂、おはよーっ」

「おはよう、遠坂くん」


 なんて考える俺へ元気のいい女子の声と、やや高い男子の声がかけられる。


 一人は制服を着崩しているギャルっぽい女子、篠崎しのさき瑛梨華えりか

 一纏めにした金髪を背に流し、校則違反にならない程度の化粧もしている。

 派手な印象を受けるが、この通り俺みたいな地味男子にも気を遣ってくれる優しいギャルだ。


 しかも、男子テニス部のマネージャーも務めている。

 ……まあ、それにも理由があることを、俺は篠崎から教えてもらっていた。


 もう一人はぱっと見女子に見えなくもない小柄で穏やかそうな男子、隠岐おきひかる

 肩ほどまである髪は男子のそれとは思えないほどサラサラだ。

 全体的に体つきが華奢だが、テニス部で二年生ながらレギュラー入りしている実力者。

 身体も当然鍛えているから体力は俺よりあるだろうし、筋肉も無駄なくついている。


 二人は俺が一年の頃から仲良くしている数少ない友達だ。


「篠崎と隠岐もおはよう。今日はテニス部の朝練なかったのか?」

「今日は休みだよ。身体を動かさないと落ち着かないから、学校に来る前にちょっと走ってきたんだけどね」

「ほんと、燿って見た目によらず元気だよねー。あたしもランニングについて行こうとした時があったけど、普通についていけなかったし」

「まあ、僕は昔からずっと走ってるからね。体力には自信があるつもりだよ」


 隠岐が笑うと、密かに周囲の女子……だけでなく、男子からも視線が集中する。

 生暖かく、微笑ましい雰囲気なのは隠岐が原因だ。


 男子制服がなければ女子と見間違えられることもしばしばあると話す隠岐は、その手の人の趣味の人から異様なまでにモテる。

 しかし、本人としては男の娘扱いは不服らしい。

 一年の時の文化祭で女装コンテストに出てくれとクラスの有志達が総出で隠岐に頼んでいた時も、本気で逃げ回っていたくらいだし。


 ……最終的には裏で何らかの取引が行われた結果、篠崎が隠岐に話を着けて渋々出場し、ぶっちぎりでグランプリを獲得したけど。


 あれはすごかった……多分今年もそうなるんだろうな。

 頑張ってくれ隠岐、俺は応援してるぞ。


「遠坂くんも運動しない? 楽しいよ?」

「俺は体育の時間だけでじゅうぶんだ。体力もなければ得意なスポーツもないし」

「その割に授業ではなんでもそこそこ動けてるよね」

「そーなんだ。遠坂って意外とスポーツマンの素質あり?」

「素質があったとしてもやらなきゃ意味ないだろ」

「じゃあ今度、みんなでどこか動けるところに遊びに行く?」

「いいの? あたし行きたい!」


 隠岐の提案へすぐさま篠崎が続く。

 心の底から楽しみに感じているのが伝わってくる声音と表情。


「俺は遠慮しておくから二人で行ってきてくれ」

「えー……遠坂くん、来てくれないの?」

「折角誘ってもらったのに悪いけど、休みの日まで動けるほどの体力はなくてな。俺のことは気にせず二人で楽しんできてくれ」

「残念だけど、それなら仕方ないね」


 ちょっと落ち込んだ素振りを見せる隠岐には悪いことをしたなと思う。


 でも、もう一人の気持ちを考えると、こっちが正解だ。

 密かに篠崎へ目配せすると同じタイミングでぱちりとウィンクが返ってきた。


 篠崎は隠岐のことが好きで、恋が成就するための手助けを以前から求められている。

 二人は幼いころからの幼馴染ながら、想いを伝えきれずにいるとか。


 活発そうなギャルも恋愛は奥手らしい。


「あれ? 今気づいたけど遠坂くん、首の傷治ったの?」

「元々大した傷じゃなかったからな」

「だとしても綺麗に治りすぎじゃない? かさぶたすら出来てないし」

「……止血が上手かったんじゃないか」


 誤魔化しとしては下手過ぎる自覚はあったものの、追及はしてこない。


 内心ほっとしつつ朝のホームルームが始まるまで雑談し、予鈴が鳴ると席へ戻っていく二人を見送る。

 するとポケットに入れていたスマホが震え、通知を報せた。


 こんな時間に誰だろうと確認すれば、相手はなんと早夜月だった。


『とても大切なご相談があります。よろしければ放課後、お時間を頂くことはできますでしょうか』


 クラスメイトに送るとは思えないほど丁寧な文面に困惑しつつも、横目で早夜月を盗み見る。

 すると、早夜月も気づいたのかこちらを見返し会釈を一つ。


 とても大切なご相談とわざわざ強調されていることから、早夜月にとって重要な何かが発生したのだと伝わってくる。

 それなら話を聞くくらいはいいかと思い承諾の旨の返答をしておく。


『非常に助かります。では放課後、こちらの喫茶店で合流いたしましょう。一緒に行くと不本意な目立ち方をしてしまうと思うので』


 すぐさま送られてきたのは感謝の文面と、合流場所と思しき喫茶店の詳細情報。

 開いてみると駅前にある落ち着いた雰囲気の店らしい。


 学校外の場所に呼び出してまで話したいことって一体……と思いつつも、少し遅れてやってきた担任教師がホームルームを始めるのだった。

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